6. 西日本/小倉・中洲

お気づきだと思いますが、敦賀からフェリーに乗って始まった旅は、「ちょんのま紀行」の「最果て編」に該当する部分です。順番を無茶苦茶にしているのは、そのほうがいいと思ったからです。本当の旅のスタートは西日本編の「小倉」です。大阪駅から鈍行電車で小倉のちょんの間へ行ってプレイするやつ(ファイル109)です。

北海道上陸の前に、すこし西日本編を振り返ってみたいと思います。



私は何故このような旅をすることになったのか。説明するのは簡単だ。
「オートバイで日本一周をしたかった」
「日本の裏風俗をすべて訪問したかった」
この2つが理由である。
だから、オートバイで日本一周しながら各地の裏風俗街を巡れば同時に出来るのではないかと思ったのだ。実に単純である。

オートバイでというのは、私がバイクに乗るのが好きだからだ。そして風俗が「裏風俗」であるのは、いまさら表風俗を網羅しても1番にはなれないと思ったし、面白みもないし、カッコ良くないと思ったからだ。そしてそれらは必ず20代のうちにやらなければならないと思っていた。なぜか。日本一周をする人間はゴマンといるが、風俗日本一周をする人間はあんまりいない。それが裏風俗、それも絶滅寸前のちょんのまを巡るとなると、なおさらいない。しかも必ずプレイまでするのだ。それをおっさん世代ではなく20代で実現すれば、絶対に日本一になれると思えたからだ。

私は、生きている限りは1番になる必要があると思っていた。 「ゴールに向かって走るのではなく、のんびりと道草をしながら、道端に生えている花を愛でながらゆっくり人生を歩むことにしたのです」という芸術家いたが、それはうまくいかなかった人生の言い訳であって、そんな人生はうまれてきた意味がないものに思えた。

こういった考えで今に至っている。

旅に出るにあたり、「日本一周裏風俗の旅」という10代20代の男子的には超絶カッコいいと思えるタイトルめいたものはあったが、具体的にはどのルートで何日かけて、何を持っていくのかも決めていなかった。でも、行きたい場所のリストはだいたい出来ていた。これは単に私の性格によるものである。旅は「どこで何をするのか」であって、そこに至る過程はその結果生まれてくるものであると思っているからだ。もちろん「移動すること」が旅の目的であれば、どのルートで何日かけてが最も重要になってくるだろうが。


2008年6月15日、午前8時の大阪駅。いよいよ出発だ。8時きっかりの新快速に乗って山陽道を西へ、九州へ向かうのだ。新快速とは滋賀県の東から兵庫県の西くらいまで特急くらいの速度と駅通過で運行されるJR西日本の電車である。もちろん始発電車は午前8時より早いのだが、九州まで新幹線を使わずにいくのなら8時の新快速電車に乗るのが最も早く着くのだ。それくらい新快速は早いのだ。

(バイクで行くと言っていたのに電車に乗っている理由については後述する。焦りなさんな)

姫路を過ぎると乗り換え。各駅停車になる。駅と駅の距離も長くなる。岡山までおよそ1時間の行程。これを耐えなければならない。山陽本線の最初の難所だ。まだ序盤なのでなんなくクリアして11時くらいに岡山に着いた。駅構内でおにぎりを買った。543円。ついでにこれから地獄の山陽道なので暇つぶし用の雑誌を買う。380円。これから使った金はすべて記録していこうと思った。

つづいて11時20分発の山陽線シティライナーに乗った。これに乗れば福岡まで今日中に行けるはずだ。シティライナーと横文字にしたところでべつに普通の各駅停車で、あいかわらず退屈な時間が続く。買った雑誌を隅々まで読んでも、まだ山口どころか広島にも着いていない。ほどなく車掌が検札に来たので切符を見せたらキレられた。「どこまで行くのか?」の問いに「終点まで」と応える。「新山口ですね?」と確認されるが、こちらは九州まで行きたいので、この電車が行くところまで乗るつもりだ。この電車がどこまで行くのかは知らない。答えに詰まると、「新山口ですね!」と再度キレられたので、「はい」というと4,940円を徴収して去って行った。そらまあ、怒るよな。岡山に着くまでにも原券120円の切符を出して清算してるし。

(こういう切符の買い方はルール違反です。みどりの窓口で乗車券を買いましょう。正しく買えば途中下車が出来る切符を貰えます。車掌がなんでキレたかはファイル109のオマケ部分に書いてあります)

もうすぐ広島だという所で、貨物列車の故障で線路が詰まっているとの車内アナウンス。待っていたが随分長く停まっている。やっとこ動いて広島に着いたと思ったら運転打ち切りになってしまった。

困った。故障してホームで停まっている貨物列車を恨めし気に眺めて、どうするか思案する。が、前に進むしか選択肢はないので、とりあえず次にやってきた普通電車に乗って山口県を目指す。切符も新山口までになっているのでそこまでは行きたい。しかし、買った距離分だけ乗らなければいけないというのは随分使いにくい。買った距離を乗るのではなく、乗った距離分だけ払う仕組みだったらいいのに。高速道路のように降りた駅で払う仕組みにはできないのだろうか。

そうしてようやく新山口に着いたのは18時前。ここから次の乗り継ぎ電車があるのかどうか。ケータイを取り出して時刻表を調べると、このままのペースで進んだとしたら、九州博多に到着するのは深夜になってしまうことが判明した。それはマズい。私は本日中に小倉の京町へ行きたいのだ。小倉には有名なブルース売春街がある。そこが最初の目的地なのだ。その目的地を経由してから博多まで行きたい。博多まで行ってラーメンを食べたい。これは第一日目に是が非でもやっておきたいことなのだ。

電車の時刻がどうであろうと、自分の心は、もう小倉での一発になってしまっているので、18時19分発のこだまに乗ることにした。1駅だけ新幹線に乗るわけだ。切符代は3,130円。なんという贅沢。ここまでくる電車の切符代は7,670円だったのに。その4割くらいの金額で1駅しか乗れないのだ。そのかわり、時刻表で乗り継ぎを確認する必要などなく、車掌とバトルする必要もなく、1回読んだ雑誌をもう一度読み返す必要もなく、ものの20分で私を九州上陸させてくれるわけだ。

新幹線ホームでこだまを待っている間、なんとなく自分が優越感を持っていることを感じた。普通切符では入れないホームにいるからではなく、同じホームにいる出張サラリーマンに対してだ。ビジネスで利用する彼らに混じって、遠い風俗へ行くためにここにいる自分は人生の勝ち組。オレの生き様はなんてかっこいいんだろうと周りのリーマンを見下す。ついでに写真を撮ってリーマンの友人に写メっておいた。

小倉駅に着いたら、周辺案内板を眺めて不真面目な施設があるのは南口と判断して駅ビルの外へ出た。小倉の街は、けっこうな人がおり、建物もぎっしりで都会感があった。これから私が行かんとしているのは、通称で「小倉のちょんのま」だ。駅からすぐにあると聞いている。

近代的な駅ビルからは高架線路が伸びている。モノレールだろうか。なんとなく勘でそれを伝って南の方向へ行くが、繁華街ではなさそうな感じだ。戻って今度はJRの高架に沿って西方向へ歩く。するとソープランド街が見えてきた。

小倉には20強のソープランドがある。すべての店が1ブロックにまとまっていて、店前には客引きが立っている。遠目にそれを見ながら、そのブロックの手前の歩道を通って南側のゾーンへと移動すると、ポン引きと思われるバアさんが複数たむろしていた。みつけた。さっそく、わざとらしく店を探すふりをしてみると、バアさんの一人が寄って来た。

「10000円」
バアさんは小指を立てて、それだけいった。こちらが目で応じると、
「顔見て行って。ソープはみれんけどこっちは見れる」
とさらに続ける。
「30分だけど、40分にしてやる」

ソープランドとは異なり、料金は滞在時間ではなく、一発という単位できまる。性行為1回の単位だ。「時間」というのは一発に要した結果の時間にすぎない。とうぜん、一発するのに40分もかかるわけがないし、30分すらかからない。したがって、そういった時間はあまり意味のないことだと知っていたが、私は黙ってバアさんについて行くことにした。

後について100mほど歩くと、大きな駐車場を過ぎて右に曲がった。そこには1本のまっすぐの道が伸びている。どうやらこの100メートルほどの道の片側が、売春施設の固まるエリアのようだった。尼崎のかんなみや大阪の飛田新地のようなものを想像していたが、表向きはそういった構えにはなっておらず、あくまでただの道であった。しかし、そのただの道には1m幅くらいの細路地が幾筋も繋がっており、そこから中に入ると売春の中心部に行けるようになっていたのだ。

細路地をバアさんに従って入っていく。人がすれ違うのも困難な狭い道。道ではなく廊下といった趣だ。アスファルトではなくて、コンクリートが流し込まれただけの通路で、それを外れると土がむき出しになっている。魚市場のようだ。この売春市場の通路といった方が適切なように思えた。

途中にあった右に折れる三差路を超えて、なおも進むと、突き当りは右に折れている。左にも道はあるが、行き止まりというか、道が空き地と化してそのまま途切れてしまっている。右に折れた先はというと、通路がさらに奥まで続いており、その先はさらに右に折れる道があるようだった。

通路の両側には建物が建っており、片側の建物は扉が無く、反対側のものには扉が並んでいる。通路・建物・通路・建物とサンドイッチになっているので、扉が片側にしかないということがわかった。サンドイッチの奥行きは3層で、あとは最初に見た1本のまっすぐの道の長さ分だけ横に伸びているのが、この売春街の全体の大きさと推測された。両側にピッチリと並ぶ建物は、それが繋がっているのか独立しているのかわからないが、どれも古びたものだった。

そこまで来ると、ポン引きのバアさんは立ち止り、3軒並びの扉のうちの2つで、女の顔を見るように私に促したのだった。

玄関で顔を見せてくれたのは、中腰になってこちらに顔をちらっと向けた黒髪の女と、玄関に座ってこちらをうさん臭そうに一瞥した太り気味の女。

私は、この売春市場のほんの最初の十分の一くらいしか踏み込んでいないのだが、もうここで決めてしまっていいという思いになっていた。魚市場が生臭いように、ここは強烈な売春臭がする。ねっとり肌に纏わりついてくるギラギラした目に見えないなにかが浮遊しているのだ。それを受けて皮膚が敏感に反応して、ついで腹の底から興奮が沸き起こってくる。深呼吸してその興奮をしっかりと毛細血管の隅々まで拡散させることが最高の楽しみ方なのだが、市場の売春臭さがあまりに酷くて、深呼吸をするような心持ではなかった。

ポン引きのバアさんに他も見たいと言えば、さらに奥地へ連れて行ってくれたかもしれないが、やはり私はここで即決することにした。電車にずっと乗っていたので早くセックスしたかったのもあるが、この流れでそのまま決めるほうが男らしいというか、スマートな客だと思えたからだ。だから、片方の女には見えない位置で、「こっちの人で」と控えめにバアさんに伝えたのだった。

捜査ファイルは109です。

およそ20数分後、私は建物から吐き出されて、来たとおりの道をトレースして売春街からも排出された。1万円と何かが少し無くなったようだ。ソープ街でもそうだが、まるで街が生き物のように感じるのだ。金という栄養分で生きている。その金を街で落としていく人間をどれだけ集められるかが売春街の力量なのだ。帰るときに代わりに何かくれるのかは知らないが、勲章みたいなものを貰えるのだと思っている。

予定していた場所を、この目で見ることが出来たという、最初の大事な1ゲームを落とすことなくクリアできたという安堵感があった。そして、これからの先を考えると気を抜けないという気持ちも。最短距離でクリアする選手のようなものだろうか。メンタルもフィジカルも最高に保っておかなければならない。必ず金メダルを取るのだ。

興奮冷めやらぬ頭で難しいことを考えながら21時41分の博多へ向かう快速に乗った。博多までは1,250円。ようやく旅の歯車が合い始めた感じだ。世間のリーマンたちはいまごろ何しているのかなと考えながら、ああ今日は日曜だったんだと気づいた。みんな明日は仕事だろう。私は明日も明後日も日曜日だ。自分が月曜にするまで永遠に日曜日。日常生活に戻る期日が決まっている、リーマンのささやかな週末旅行ではないのだ。リーマンの友達に自慢してやろうとウィルコムを取り出したらディスプレイが死んでいた。のろいか。

AU携帯が1台、予備バッテリーが1個、ウィルコムが1台。それぞれ充電器。富士フィルムのデジタルカメラが1台。ノートとペン。訪問する街の資料。あとは着替えが3日分。私のザックに入っているものだ。このブルーのザックはもう何年も前に友人から譲ってもらったもので30リットルほどの大きさがある。

街の資料と書くとインテリジェンスだが、平たく言えば売買春の資料だ。非合法な買春案内をする書籍がミレニアムの頃にはたくさん本屋に並んでいたのだ。そういった一世代まえの本や雑誌や、あるいは遊廓赤線跡の本のコピーをとって、ザックに詰めてある。ポケットの財布には現金が4万ほど。着替えが少ないが、それは途中で洗濯するか買えばいいという発想。金はATMすればいい。ザックはスカスカだったが、常に背負って街から街へと移動するのだから軽いに越したことはない。

博多駅に着くと、すぐに地下鉄に乗って中洲の方へ向かった。ここへは何回も来ているので勝手は知っている。中洲は何度来ても良いと思える街だ。右に飲み屋街、左に風俗街、真ん中は国体道路という道で、いつも車で込み合っており、葉っぱをたくさんつけた大きな街路樹が並んでいる。小さな川があって、渡るとその奥に大きな川がある。大きな川と小さな川は向こう側で合流している。この大小2つの川に挟まれた「中洲」の南端のデルタゾーンが西日本最高濃度のソープ街になる。この街が男と女のギリギリのドラマを日々生み出しているのだ。小倉とは比べ物にならない規模だ。建物の密度も。人の数も。いったい今までに幾らのカネを飲み込んできたのだろうか。

見るにも感じるにも圧倒的ではあるが、私の旅はこういったところでプレイはしないので、 とりあえずラーメンをしばきに行った。880円。あああああやっぱりうまい。

食い終わって大通りを歩いていると、謎の男に大通りの信号で「屋台が沢山並んでいるところはドコですか?」と声を掛けられた。「知らない」と言うと、男はきまり悪そうに足早に去って行った。

そうか、屋台か。自分も屋台に行きたくなってきた。腹にはまだ入りそうだったので、さっきの男を尾行して屋台探しに行ってみることにした。しばらく歩くと川沿いに屋台が並んでいるのを発見したので、適当なやつに入ってみる。余所者である私は歓迎されるのか邪険にされるのか気になったが、きっとそれは自分の勝手な先入観だろうし、観光客なんて毎日入ってくるんだから店主も気にはしないだろということにして、努めて平静にオデンをオーダー。味は……だいぶ微妙な感じ。居心地も微妙。そそくさと退散して、懲りずに次の屋台ではラーメンをたべてみる。味は……だいぶうまくない。もうやめておこう……。

やっぱりダメだな。たとえプレイが成功したとしても食事や温泉で気を抜く事は禁止だと思った。これはグルメ観光ツアーではないのだから。いったい何を求めて屋台なんかに入ったんだろう。気持ちが間違った方向へいっている。これではいけない。金メダルへの道は並ではないのだ。私は非合法な挿入をさせる店が並んでいるところへ行かなければならないのだ。

そう、それにしても――。これから幾つの街を訪問することになるのだろうか。何人の女と白々しい恋愛をすることになるのだろうか。想像もつかない。あらめて気持ちを整えると、いいようのない壮大さに金玉が震えるのを感じた。

深夜1時。中洲の街はまだまだ眠る気配がないが、私は今夜の寝床を確保するためにサウナに入ることにした。サウナは数件あったが、1軒づつ見て歩き、一番安かった2,790円のところに入った。都会は泊るところに困らない。旅をしていて一番困るのは泊るところと充電だ。今日どこに泊まるかがわからないからホテルの予約が出来ないのだ。必然的に、24時間チェックインが可能なサウナか健康ランドか漫画喫茶になる。入ったサウナは中洲が近いからか、ソープを上がった風の可愛いお姉さんがマッサージ嬢としてたくさん働いていた。かわいいなあ。でもソープ行けば同じようなのがやらせてくれる。そんなゲスいことを考えて1日目の夜を終えて寝りについた。


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