デビュー 青い鳥


 季節は、梅の花が咲き終わって桜に変わるまでの中途半端な頃。今日は初めて雄琴のソープへ行く。まだ滋賀県は寒い。寒いんだけどオレの移動手段である単車で向かう。

 国道1号線から西大津バイパスに入り長いトンネルを抜けると、一気に気温が下がって寒くなる。左側は比叡山、右側が琵琶湖だが、べつにそういった景色が見えるわけでもなく、中途半端に豪華で交通量の少ない高架道路が続いているだけだ。そのまま進んで道路標識が自動車専用道路を示す緑色になる直前で、高架道路から下道へ流出する。

 琵琶湖沿いの国道161号を10分も走ると、右手側に雄琴の街が見えてくる。雄琴の街は本来ここら一帯を指すのだが、関西人的には、このソープランドが犇めく45,000平方メートルの範囲だけを雄琴と呼ぶのだ。あとは全て滋賀県ひと括りでいいかもしれない。雄琴の街は琵琶湖以外に何もないので、その街というか村をイメージするにあたってどう贔屓目に見てもソープランドが最も著名な施設になるのだから仕方がないのだ。

 色褪せた街だと思う。月面に打ち捨てられた異星人の基地のような。前を通るたびにそう思っていた。何も知らないくせに。だが今日は中に入ってこの目で見て触れてチンコを入れるのだ。

 片側1車線の国道の中央線にゼブラゾーンは無い。車列の途切れる隙を見切って右折する。国道沿いに2つあるゲートの付いた入り口ではなく、成り行きでその手前の川筋通りに入った。さあ、入ってしまったぞ。

 十分にアスファルト舗装されていないデコボコ道の左側に店がずらっと並んでおり、それぞれに客引きがいる。客引きはオレの姿を認めると一斉に飛び出してきて、どいつもこいつも手を上げて自分の店前で停めようとする。停まったらやばい! そう思えてスロットルを開ける。結構な速度で、1軒目をやり過ごす。ついで2軒目。パンチパーマのおっさんが手を上げて前へ出てきた。やばい、まだ心の準備ができていない。とりあえず突っ切って向こう側へ出よう。そして、ゆっくり作戦を考えるんだ。

 時速50〜60キロは出ていただろうか。夢中で進み続け、砂利道の雑草が生えた広場みたいなところまでくると道が無くなった。行き止まりだ。オレの入った川筋通りは、通り抜け出来ないのだった。先は琵琶湖。

 どうしよう。Uターンするにもこの幅、ステアリングロックでなんとか転回出来るかだ。しかも砂利道。切り返すには、どこかの店のガレージを借りなければならない。これらを数秒で考えた。

 諦めて、停まる。道の最後にある店には、<青い鳥> という古びた看板が出ていた。

 バイクを停めると、長靴をはいた50歳くらいのおっさんが寄ってきた。もう逃げられない客だからか、先ほどまでの客引きとは異なりゆっくり歩いてくる。

「ええの着てるやんか」

 オレのベアーのダウンを指して言う。オレは返事にならないうわずった声を喉の奥から絞り出して、バイクこっち停めてと誘導するおっさんに従った。

「うちはね、3万円、・・・・・・・、・・・・・・、」

 3万円以上の金額はもう耳に入らない。一番安いコースで3マンもするのか? 木屋町のピンサロは6千円で、ヘルスでも1万円なのに!? これはいわゆる高級店なんだろうか。財布には5万円入っている。だから3マンなら大丈夫なんだが・・・・・・。ここは念押しで確認だろう。

「他にお金はいらないの?」

「90分で3万円、それ以外はかからないよ。若いんやから90分あったら何回もできるやんか」

 オレの質問で初心者とわかったか、ケラケラ笑われる。

 こうしたやり取りの末、長靴のおっさんが優しそうな顔をしていたと言うのもあり、オレはこの店に入ることを決心したのだった。

 商談がまとまると、おっさんは嬉しそうに案内を始めた。裏口から入って、玄関へ通される。おっさんが「3万」と周りに聞こえるように言ってくれた。ここでオレの身柄は店内担当と思われるボーイに渡されたが、オレは殆ど周りが見えていない。あれよあれよという間に、いやもしかしたら15分くらい待ったのかもしれないが、とにかく案内された。案内されたそこには45歳くらいのおばさんが立っていた。幸薄そうな黒髪を束ねた野麦峠をゆく女工みたいな女。

 オレが固まっていると、部屋へ行きましょうと誘われた。階段を並んで歩かれる。狭い階段で並ばれると歩きにくいのだが。先に女を歩かせようとして立ち止まると女も停まる。歩くとまた女も歩き出す。漫才みたいだ。たぶん並んで歩く決まりになっているのだろう。

 やっと辿り着いたセックスをする部屋は狭く、薄暗かった。その空間全体が妙に湿っぽい空気で満たされている。

 野麦峠の女に、ここに座ってと言われたので座布団の上に座る。会話がまったく出てこない。何を話したらいいのか、お互いが解っていないようだ。だからか無言のまま服を脱いで直ぐにプレイが始まった。キスは無く、風呂場で体を洗うプレイからスタート。ヘルスでは最初にキスするんだがな。別にこんな臭そうなババアと接吻なんかしたくないけど。

 洗体が終わると、洋画に出てくる泡風呂の様な変な形の狭い湯船に入るように言われ、その間に女は壁に立てかけてあった銀色のマットを床の上に倒して何やら準備を始めた。ああ、これがマットだな。想像していたよりどっしりとして重そうだ。そして、ローションが用意され、初体験のマットプレイが始まった。不安定なビニールの上に寝そべると、骨ばった女がオレの身体の上を行き来する。体を滑らせながら、たまにフェラしてくる。下手糞。こんなにおばさんなのにどうしてこんなにフェラが下手糞なのか。

 おもむろに69。今まで見たことないビラビラが発達した、真っ黒のマンコ。そこに毛が生えている。ローションとマン汁でギラギラ光っていて、もう吸い込まれそうだ。生物の教科書に載ってるゾウリムシをイメージした。これを舐めればいいんだな。ヘルスでは69の時に舐るからな。思い切って舐めると、女のからだが舌の動きに合わせてピクピク動いた。ちょっと触るだけでビクビク。年寄りは身体が開発されているから感じやすいと聞いたことがあるが、本当なのかもしれない。

 ピクピクを楽しみたかったが、あっさり69は終了してゴムが付けられ上に乗られて挿入。マンコは明らかにゆるい。外と内の温度差で入っているのは解るが、まったく締まっていないじゃないか。

 ピストンピストン。

 いかない。でもこのピストン運動がイクまで続くであろうことは予想できた。だから足に力を入れて指先までピーンとさせて気合でイった。

 はあはあ。はあはあ。

 女が10,000mを走った後のような死にかけの顔をしている。そこまでしてセックスしなくてもいいのにとか勝手なことを考えながら、やっと解放されたとオレは内心喜んでいた。

 ローションを流してもらうと、タオルを腰に巻かれ、ベッドルームで冷蔵庫からドリンクを選ばされる。ポカリスエット180mm缶のプルタブが開けられ、紙コップに注いだものを渡された。なんでパチロー紙コップなんだろうと思ったがそんなこと聞ける訳もなく、節約のために紙コップにしているんだろうと自己結論した。

 沈黙が流れるとマズイのはお互い解っており、女は遠慮がちに話を振ってくる。

「雄琴は初めて?」

「ううん、3回目」

 嘘ばっかり。ほら、小鳥が蛇に睨まれたらぷうっと膨れるだろ。自分を大きく見せようとしてるんだよね。

「前はどこ行ったの?」

「いや、ほら国道沿いの店に」

「ああ、鎌倉? あそこは入り易いからねえ」

「ああ、そうそう、そうやねえ」

 もういっぱいいっぱい。次の質問で鎌倉とやらの詳しいこと聞かれたら死亡する。が、幸いにも次は違う質問。

「仕事は? 今日は休み?」

 してねーよ。学校でお勉強だよ。

「ああっと、スーパーで働いてる」

 とっさに出た嘘。

「歳は?」

「19」

 あらかじめ用意していた嘘をしれっと。上に鯖読んでるんだが、それでもあまりに若いもんだから、ビビっているようだ。

「スーパーでどんな仕事? レジ? 違うねえ」

「野菜を倉庫から運んだりしてるよ」

「そう、朝早いんでしょう」

 このへんから口調が友人のオカンみたいになってきた。佐川急便とかヤマト運輸で働いたらもっと儲かると言われた。まあ、オレの身体をみて力仕事向けだと思ったのだろう。

 もうセックスしたくなかった。オレの目的は達成されたから。でも、これからベッドで2回目のピストン運動が開始されるようだ。

 狭いベッドで仰向けに寝そべったら乳首舐めが始まった。なんか匂うと思ったら女の唾液だ。口臭半端ない。息を止めて、早くシャワーを浴びる為に急いで射精しようと思った。でも、いけるかどうかわからない。こんなの風俗じゃ無くて軽く拷問じゃないか。

 相変らず単調で下手糞なフェラ。歯が当たって痛い。どこで習ったんだろう。機械的なそれが終わるとゴムが付いて挿入。

 ピストンピストン。

 マン汁が流れてきて股間を濡らし、冷たくなってくる。うう、気持ち悪い。

 いかない。

 女は2回3回と休憩をはさみながら、機械的に無言でピストンしてくる。このままではヤバいと思ったので、気合でなんとかいった。ソープではそこまでしてサービスするんだ、と思った。

 その後、慌ただしく後始末して服を着る。やっと時間になったようだ。最後にサービス料を払う。これは事前学習していたので問題なかった。

 オレの雄琴デビューは終わった。3ラウンドTKO負けくらいかもしれないが、善戦した方じゃないか。外に出ると、薄暗くなった雄琴の街は各店の看板に明かりがついて夜の姿になろうとしている。オレはバイクに飛び乗って暖機もせずに川筋通りを一気に国道まで走った。雄琴の巨大要塞に爪楊枝を突きさせたようで、なぜか自分が誇らしかった。



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