テレクラの女と雄琴と琵琶湖
誰が見ても不細工な女は、それなりに自分が下の下であることを自覚している。それはそこそこ可愛い風俗嬢に対してもいえる。風俗嬢のあたしを好きになってくれるの? そんなバカなことあるの!? ってことだろう。
三条大橋でナンパされるのを自ら待つ女がそんな謙虚な訳は無く、高慢なくせにセックスは下手糞で、場合によってはフェラチオすら出来ないくせに。
そもそもそんな女たちに投資するのはどうかしてる。損するのは目に見えてるじゃないか。しかもラブホ代を100%男が出すとか有り得ないとオレは思うし、オレとホテルへ行く女も皆そう思っている。ラブホ代とコンドームは女が用意するもんだろ。常識的に考えて。
とつぜん三条大橋とか意味不明だが、そこでナンパしてエロ行為まで進めることが勝ち組の男だとでも言いたげな友人が周りに多いので、ちょっと言ってみただけだ。東海道53次のゴールである三条大橋は、現在はナンパの名所になっているのだ。
さて。今日はテレクラだ。じゃなくてツーショットだな。30分粘って釣れなければ久しぶりに雄琴へ行こう。聞くところによれば <龍宮城> という店がサービスも女も高クオリティらしい。まだ行っていないから一回行ってみるのもよかろう。
ダメだったら優良な風俗へ行くという選択の余裕があれば、心なしか受話器に向けるトークも滑らかにいくように思う。
木屋町での風俗デビューから雄琴デビューを経て、名古屋も中洲も歌舞伎町も薄野も経験したオレには怖いものは無いのだ。次は金津園ってところに行ってみたいと思っている。あとは赤線ってところも。
昼下がりにいつもの公衆電話で待ちをする。キリンさんは早取りじゃ無いので順番が来れば必ず繋がる。裏技を使って自分の順番を繰り上げる。それを3回繰り返したら、まともな相手と繋がった。
「もしもし」
もしもしから始まり、「今日はなんでかけてきたん?」 「いくつ?」 「どこからかけてるの?」この3つの会話のキャッチボールが出来れば大体いける。あとは暇潰しでないかどうか。暇潰しの女を引っ張り出すのはなかなか難儀だ。他を探した方が早い。それか風俗へ行ってスッキリするか。
受話器の向こうの、ふくよかな女性にありがちな若干鼻にかかった声を出す女は、こちらがバイクだと言うとやたら食いついてきて、あっという間にアポが成立した。
「でも、あたしの姿見て逃げんといてや」
「デブなん?」
「デブじゃないけどぽちゃっとしてる」
それデブじゃん・・・・・・と心の中で呟きながらも、それでもOKと伝える。デブとババアと風俗嬢はいつでも謙虚だ。ひきかえ三条大橋でナンパ待ちする女とゲイのタチ役の男はどうしてあんなに自信家が多いのか。
「あたしの格好見たら嫌になるかもしれんで・・・・・・」
「そんなことないで」
「でも、いままで何回も逃げられてるし」
――そりゃよっぽどデブなんだな。
待ち合わせは京都駅の東の外れを指定された。塩小路高倉の交差点。なんじゃそら。
蒸し暑い電話ボックスから出ると、さっそく待ち合わせ場所へ向かう。今日はいい天気だ。京都特有の風の無いジットリした暑さ。残暑厳しいなんとかっていうのかな。
西大路通りを下がって京都駅を越えてから左折。指定場所の交差点へやってくると、少し離れた場所に隠れるスペースを見つける。赤い看板のラーメン屋があるだけで何もない交差点だ。
10分ほど待つと、横断歩道の向こうからデッカイ女が歩いてきた。あれで間違いない。まあ、予想していたより太くないな。デブでは無くてポチャくらいか。特に怪しいそぶりは無い。よし、行こう。
女が交差点を渡りきったところで声をかけた。
「あ、どうも」
「あーどうも。えー、なんで逃げへんかったん?」
「なんでって。せっかく来たのになんで逃げんの」
女はそれには答えず、歩道の端に行くとウンチングスタイルになって、面倒臭そうな顔で無言のままタバコに火を付けた。白いTシャツにデニムのオーバーオールにサンダル。金髪近くまで染め上げられたウェーブのはいった髪を後ろで束ねている。肩には夏っぽい編上げのバック。ずいぶん大きいが中には何が入っているのか。
「で、どうするよ?」
「さあ、なんでもいいよ」
「えー、そんなこと言われてもなあ」
「・・・・・・」
これどうしよう・・という空気。こういうとき、相手が男なら「リフレッシュ行こか?」とか言えるんだが。
しばし思案して妙案を得た。
「じゃあ〜、琵琶湖でも行く?」
雄琴でも行く? じゃ無くて琵琶湖でもいく? ってところがいい。女はこの提案に、目を輝かせるっていうのはこういう事をいうのか、という顔で食いついてきた。
「え!? マジマジ?? マジで! ホントにイイの!?」
「いや、別に嫌ならいいけど」
「行きたい! 行きたい!」
女はタバコを指でピーンと弾いて棄てると立ち上がった。
そうと決まれば。2つ持ってきたヘルメットのうち1つを渡し、タンデムシートに乗るように促す。
「乗り方知ってるか?」
「うん」
返事をするが早いか正しい手順で乗りやがった。タンデムシートの加重でバイクは若干不安定だが、オレはスロットルをいつもの1.5倍増しくらいで回して、いつもの癖で右後ろをチラッと見てから車道へ飛び出した。そのまま七条通りから河原町通りへ。さらに五条通りの交差点を右折すれば直ぐに東山トンネルだ。
女はバイクに乗り慣れているのか、結構な加速でトンネルに入ったにもかかわらず、余裕を持った表情で周りを眺めているのがミラー越しに見えた。
トンネルを抜けてしばらく走ると、左手にある黄色いMのマークの看板が出ている店へと入った。
大体どういうコースで何をするか、時間配分も決めてある。テレクラ遊びをすると、こういうスキルが上達するもんだな。本当はお姉さんに連れまわされる方がいいんだが、テレクラやナンパだとそういう訳にもいかないからな。
カウンターでオレンジジュースのMサイズを2つ注文。ほんとはビターな珈琲とか飲める大人になりたいんだが。
平日の昼下がりとあって店内はあまり客がいない。
「オレンジジュースでいいよね?」
「え? 払ってくれるの? ありがとう」
やっぱりデブとババアと風俗嬢は謙虚だ。ジュースをジュッジュしながら聞いてみる。
「で、仕事は何してるのさ? 」
「えー」
「さては無職」
「ちがうー」
「フリーターか」
「サービス業でーす」
「今日は休みなんか?」
「今はちょっと休んでるの」
「なに? 服屋か、コンビニか」
「えー、それはひみつ」
「ひみつにする理由が解らん」
「えへへ」
「教えろよ」
「ひみつ。てゆうか真っ黒じゃん。日サロ? で、なんでそんなにムキムキなん? てゆうか刺青入ってる?」
オレが話すのの×3倍は話しかけてくる。
「夏の間ずっとバイクに乗ってたら日焼けしたよ」
「なにそれウケる。あのバイクで? どこ行ったの?」
「日本縦断したからな」
「すご〜〜い。北海道とかも? 行ったら何するの? 一人で行くんだよね? まさか女と?」
「一人だよ。行った先で風俗とかだよ」
「ガハハ。何それ超ウケるんだけど」
他愛もない話をして1時間ばかし経ち、体も冷えてきた所でそろそろ行くことにした。店を出るとムッと暑い。暑さで柔らいだ気味悪いアスファルトを歩いて再びバイクに乗っかると、国道1号線へ戻る。
近江大橋の漕艇場へでも行こう。あそこならデートスポットっぽいし、距離的にも丁度いい。万が一で寝ることになってもラブホもある。
西大津バイパスの分岐で左へ入らずにそのままR1を進む。京阪の線路と平行して峠を上る。これやこの行くも帰るも別れては、の逢坂山だ。
日差しとラジエーターの放射熱とで暑かったのが、山のふもとで温度が少し低くなって気持ちがいい。後ろでは女がヒューヒュー言っている。えらい上機嫌だ。
峠を越えると下り坂。先の分岐の信号機は右側が赤、左の道が青になっている。そうだ、こっちから湖西の方へ行ってやろう。急に思いついて左へウインカーを出して車体をバンクさせる。
湖西に行ったところで田んぼと平和堂以外は何もない。あるのはソープ街だけ。でも、一生懸命になる容姿でも無い女だから、無茶なデートをプランニングして楽しんだ方がいい。女を載せてゴールデンゲートに入ったら客引きに停められるんかな・・・・・・。
「もうすぐ琵琶湖が見えるで」
「ビワコビワコ!ひゅーひゅー!」
2両編成の路面電車がゴトゴト動く道を進み、突き当たりを左折。正面に琵琶湖が一瞬見えた。女はもう絶好調だ。
びわこ競艇を越えて、自衛隊の前も通過。建物が途切れた隙にちらっちらっと光る琵琶湖が見える。
「もう琵琶湖だよ。そんでもうちょい行くと、面白いもんが見えてくるからな!」
「ビワコビワコ! ひゅーひゅー! 気持ちいいねえ」
そう、実に気持ちがいい。夏の晴れた湖岸を単車で走る。後ろに女を載せて。荷物が不細工であろうが過積載であろうが、これはもう誰が見ても絵になる。気持ち良くない訳がない。
気分よく流していると、下坂本6丁目の交差点を越えたあたりから饒舌だった女の口数が少なくなった。そして、マンコが上げか下げかを判定する件のパチンコ屋を通り過ぎた辺りからすっかり黙ってしまった。
そんな女に応じるかのように道沿いにも田んぼが目立つようになってきた。囲いの中で隙間なく育った稲がそれぞれ真っすぐに伸びて頭を下げ始めている。遠目に見ると柔らかい薄緑色の絨毯のように見える。まあ、田舎と言えど、この辺りは滋賀県の中では比較的都会ではあるので、さすがに堆肥の匂いはしないのだが、煤けた煙の匂いがする。野焼きの匂いだな。そろそろソープ街だ。
大正寺川の手前の信号機を越えると、オレは単車を流しながら左手でクラッチを切って、右手を伸ばして指さした。
「知ってるか、雄琴だよ。ソープ街・・・・・・」
風切り音で聞こえないのかと思ったが直ぐに気付いた。女は泣いていた。
オレは気付かないふりをして、ゆっくりクラッチを繋いだ。右手でスロットルを回して速度を上げると、エンジン音と風切り音と振動が大きくなって、あっという間に雄琴の街は視界から遠ざかって行った。
サービス業――。
ああ、そうか。あんたサービス業って風俗嬢のことね。そんなにデブだから全く想像してなかったけど、まあ、雄琴だったら有り得るね。若いのは若いし。
しれっと雄琴を通り過ぎて、真野浜の方へ。琵琶湖が良く見えるところでバイクを停めた。休憩と言って。
女はシートから降りると水辺の方へゆっくり歩き、ぼーっと琵琶湖を眺めている。オレはちょっと考えてから、女の方へ行って聞いた。
「サービス業ってなに?」
「ひみつ」
「もう言ってもいいじゃん」
「あたしさあ――」
「なーに? ああ、もしかして風俗か?」
「お前の店もたせてやるって言われて」
おまえ騙されてるよ、と言おうとしてやめた。もしかしたらオレを騙そうとしているのかもしれない。あるいは自分自身をも。
自分の店を云々って、悲劇のヒロインでも演じなければやってられない。そうでも言わなければやってられない。やってられない。やってられないギリギリの毎日。叫んでも誰も聞いてくれない。叫びたくても叫べない。やってられない。いつか気が狂えと思うけどギリギリで正気のまま。やってられない。もうどうにでもなれ。何もかも。でもどうにもならない明日がまたやってくる。
何も会話がない静かな中に琵琶湖の波音が聞こえる。湖なのに波音が。デッカい琵琶湖ならこういうショッパイ空気を綺麗さっぱり流してくれるような気がした。
「もっと喜べよ。せっかくカッコいいオレと琵琶湖デートしてるんやし。ほらー、石とか投げてドラマみたいやろ」
「なによそれ・・・・・・」
「このへんが臭いのはきっとバスの死体が腐ってるからだぜ? 探してみるか? お、ちょうどいい。おまえサンダルだし入れよ」
「意味解らんし・・・・・・」
砂利の多い猫の額くらいの砂浜で、なんか下らない話をした。琵琶湖は大きいけれど、京都から来ると最初のうちは対岸が見える。向こう岸を走る車も小さいながらはっきりと。生まれて初めて琵琶湖を見たときは、なんだ意外と小さいって思った。でも、161号を北上して、琵琶湖大橋を越えてこの辺りまで来ると、だんだん対岸が見えなくなる。湖のくせに向こうが霞んで見えないのだ。南湖が琵琶湖の全体像のように見えていただけで、本当はそれの何倍もある北湖が果てしなく広がっているのだ。ここまで来て、初めて琵琶湖の本当の大きさを知ることになるのだと、そんな話をした。
「帰ろっか」
「うん」
帰りは渋滞が始まった道で、車の脇をすり抜けして、塩小路高倉のスタート地点へ戻ってきたのは夕方6時か7時くらい。
「ほんまにありがとう、遊んでくれて」
「そうかい、楽しかったかい」
「うん、でもあっという間のドライブだったね」
「じゃあな、イイ暇つぶしになったよ」
「それ、ひど〜〜〜い」
「また暇つぶししたくなったら電話するわ」
「ひどい! ひどい!」
女はとてもいい笑顔を見せてくれた。
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