新しい領域


 日本国のメジャーな風俗どころを制覇した気分になっていたオレは、再び近場の雄琴へ遊びに行ったりしていた。

 いいかげんヘルスでマンコを舐めることにも飽きを感じ始め、屹立した自分のチンコを駆使してあらゆる女をイかせることで充実感を得られるという変態野郎に進化しつつあった。風俗界ではデリヘルやホテヘルがその勢力を増し、あれよあれよと言う間に箱ヘルスを追いやり、主役の座に就こうとしていた。





「どうれ肩軽いわ。調整なしの連投できるわ」

 上機嫌で独りごちながら車を走らせる。向かう先は雄琴だ。雄琴の冬は寒い。気温だけで言えば京都も負けず劣らず寒いのだが、雄琴は比叡おろしが寒さを倍増させる。風を遮る建物が少ないという物理的なアレと、その視覚的な要素もあるんじゃなかろうか。ま、車は単車と違って快適だ。暖房を効かせた中、音楽を聴きながら目的地へ辿りつける。

 あたりが薄暗くなってきた頃、田んぼの向こうにネオンが灯り始めた街が見えてきた。流れる車から離脱して中央線へ寄せる。ウインカーを出したまま一気に右折。そのままゲートを越えると、ドカジャンを着こんだ客引きが機械仕掛けの人形の様に立ち上がり、手を上げてくる。それら客引きを無視して、ある店のガレージへ車を乗り入れた。今日のオレは指名したい女がいるのだ。

 混み合っているのか人出が足りてないのか、十分なエスコートの無いまま店内に入るとフロントに先客と店長がいる。傍にはメガネをかけた30歳くらいの蝶タイのボーイが立っている。そいつに聞いてみる。

「アキって子は指名出来るん?」

「こちらへどうぞ」

 答えになってない。きっとフロントから引き渡された客は待合室に一度通すように教育されているのだろう。なんて応用力のない男なんだ。出来の悪いボーイだな。

「あのさ、アキって――」

「こちらへどうぞ」

 同じやり取りが繰り返され、噛み合ってない空気があたり一面に醸成されたとき、上がり客の二人組にアンケートをしながらチラチラこっちの様子を見ていた店舗責任者がすっと立ちあがってやってきた。そして、いきなりメガネのボーイに顔面を10センチくらいまで近づけ凄んだ。

「アキは指名出来るか聞かれてるんや」

 メガネは瞬間、心臓を掴まれたような歪んだ顔をして、微かに唇を震わせた。何か言おうとしているが言葉にならないのだ。

「おまえ、ここに手をついて接客するなと何時も言ってるやろ」

 体を支えようとした左手が硝子の什器に触れたのをさらに突っ込まれる。あまりの迫力に、メガネは傍にある安っぽいミロのヴィーナスのようにすっかり血の気が無くなり固まってしまった。昼の会社ならパワハラ全開なんだが、ここは理性の通じるところではない。いや、1mmくらいの理性はあるか――。

 店長はオレの方を見ると下衆な作り笑いを浮かべ、言った。

「どうぞこちらへ」

 まあ、結局言ってることは同じなんだがな。言葉じゃ無くて空気なんだな。おかしくなった。

 黒い革張りのソファに座ったオレに対し、店長がダブルのスーツからはみ出したネクタイを左手で軽く押さえ、斜め前に膝をついて尋ねてくる。

「アキは直ぐにご案内できますから。今日のコースはどうされますか?」

「短いのでいいよ」

「せっかくですから長いコースでどうですか。あの子も喜びますよ」

「うーん、いや早漏だからいいよ」

「そうですか、では10分サービスしときますんで。どうぞごゆっくり」

 オレのしょうもないボケに顔色一つ変えずに返しやがった。この店長はオレが初めて来た時に素晴らしい女を手配してくれたからな。しかも1ヶ月後に行ったらしっかりオレの事も憶えてやがったし。ほんと仕事出来る男だよ。ま、通ってるのは指名したい女が居るからだけどな。アキっていう。

 店長の言葉に違わず、すぐに案内になった。なんの演出も無いあっさりとした案内。なぜなら案内が終わりきらないうちに抱きついてキスするからさ。指名してんだから。

 アキとプレイルームで二人きりになると、ベッドに並んで寝転んで話をする。

「今日は何で来た?」

「車だよ」

「こんどはバイクで来なよ。そしたら二人乗りで遊びに行けるじゃん。渋滞もないしさあ。あたし、後ろに乗るの得意だよ」

「そうかい。じゃあそうするか。で、最近忙しいの?」

「ぼちぼちやねえ。新しい女がいっぱい入ってきた」

「へえ、どんな? 可愛いか?」

 新しく入った女のことに話題が及ぶと、なにやら文句を言い始めた。新人は遠目には可愛いように見えるが顔がデカイそうだ。そして、態度もデカイから気に入らないと・・・・・・。 まあ、新人がいきなり指名取りまくったら古参兵としては面白くないんかもしれん。

 アキが、ちょっと待ってと言って何やら持ってきた。風俗情報誌だ。カラーページをペラペラめくって、これだこれだと、顔のデカい女の解説を始めた。

「顔でかいしょ?」

「ああ、まあそうだねえ」

 ガングロギャル風味の女で、確かに若者向けで写真指名がきそうな感じの女だ。雄琴にしたら珍しいタイプじゃないか。もしかしたら昔に比べて雄琴も年齢層が下がってきているのかもしれんな。色白で小柄なアキに比べたら間逆のタイプだな。

「あ、この子は可愛いしょ。この子も可愛い」

「ああ、可愛いねえ」

「これにアタシも載ってるかなあ」

 今度は自分を探し始めた。載ってるかどうかも知らないのかよ。

 こんな頭が弱そうな感じのところがいい。こういう女を指して、風俗嬢は精神が弱い。その理由は主に家庭環境にある。とか評論する奴が出てくるんだろうな。

 確かにこの女はアルファベットが読めないのだ。だからメールアドレスの交換が出来ないってゆう。最初に電話でオレのアドレスを教えるとき、まったくアルファベットが解らなくて、しかも解らないからと電話を代わられた別の待機の女もiとjとlの区別が付いていなくて、棒に点がついてるやつ、これなんて言うのって。でも、こんなバカバカしくも真剣な応酬が、オレにはひどく楽しいのだ。

「ねえ、あたし、もうエッチしたいの」

 風俗嬢の品定めにも飽きて、やがてセックスすることになった。

「舐めて。いっぱいベロベロ舐めて」

 毛の殆ど無いフレッシュな味のするマンコを舐めて、チンチン入れて、我慢できなくなったら腹の上にスペルマをブチまける。この女とは何回目のセックスだろう。ここまで何時もの通りのセックス。だいぶ読めてきたな。同時にお互い何処が良いポイントか解ってきた。スペルマを発射して、女が首に手をまわして強引にキスをしてくれた。ああ、これいい。これ初めて。このテクニックは余所でも使えるなって思った。行為が終わると、アキがくるんと起き上がって言った。

「ねえ、まだ帰らんといてよー」

「いや、時間決まってるやんか」

 オレは起き上がって、後ろから抱きついて返事する。どっかで憶えた背後抱きつきのテクニック。後ろを向けないアキは壁際の鏡を見ながら聞いてくる。

「ねえー、つぎ会えるのはいつ?」

「そうやなあ・・・・・・」

「ねえ、もう店には来なくていいんだからね。いつでも電話してきていいんだからね」

 店には来るなと言われても君は常に店にいるのだから仕方がないじゃないか。

 どうでもいい、そんなことはどうでもいい。ここはソープランド。なにもかも忘れて今この瞬間を楽しむ。どうせこの女と結婚するわけでもなければ、この人生における数ヶ月間の恋愛を楽しむのも悪くない。

 だってこの世に生きているのに。この人生は1回しかないのに。一人の女しか知らずに死ぬ奴は心底可哀そうに思える。考え方は人それぞれだから、せめて、それを素晴らしいことだと啓蒙するのはいいかげんやめた方がいい。オレは風俗のお陰で人生が素晴らしいものになったと思っている。

 いい匂いのする女と1時間程度の時間を過ごして、帰ることにした。アキと一緒に玄関まで来てお別れのキスをしていると、店長がやってきた。こちらが軽く会釈すると、店長は気味悪く声のトーンを1つ上げて応じた。

「どうもありがとうございました。次来られるときは、一本電話してください。段取りしますんで」

 人差し指と小指を立てて耳元に持っていき、ニヤついている。相変わらず下品な笑いだ。ま、そういうの嫌いじゃないけどな。傍ではアキがカーテンで体を隠しながら、顔だけ出している。この体勢で見送ってくれるようだ。バイバイ。

 帰り路、今日の雄琴を回想する。フレッシュなマンコの味。ビラビラが竿の根元に柔らかく絡みつく感触。手で握られているような狭い膣の締め付け。女のハッピーな匂い。サラサラの髪の毛。水を弾く白い肌。

 だからなんだと自問する。ひどく虚しい。

 雄琴ってこんなもんなんか。もっと凄い風俗店はないのか? もっと凄い刺激はないのか? もっともっと。

 フォーナインに行ってみたいが、まだいけない年齢だしな。ソープよりも赤線の方が楽しいじゃないか。飛田新地ってところは凄かったしな。納屋橋のスペイン人買った時もアドレナリンが出たなあ。裏風俗のほうがドキドキ出来るじゃないか。

 いつか、日本国のすべての裏風俗地帯でスペルマを発射したい。

 これなら自分にでも、一番になれるかもしれない。いまからやれば一番になれるかもしれない。日本で一番に。



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