国道1号線。大阪から東京まで続いている。その途中には名古屋がある。名古屋に行くときは1号線をよく使っていた。この道を通るたびに思い出す女がいる。

その女とは一晩だけ寝た。

暗闇の中で彼女の体は熱かった。







季節が春になろうとする前、まだ肌寒い2月のころ。


僕の1日は、半ば最近の日課とも言えるテレクラから始まる。

いつものように昼過ぎにベッドから起き上がり、身支度をすると、原付に乗って公衆電話へと向かう。もちろん公衆電話だと2ショットカードのポイント以外に通話料もかかるのだが、携帯の通話料金よりは公衆電話のほうが安いから。

ポイントがなくなると2ショットカードの自販機でカードを買い、ポイントを足して使ったりしている。でも、だいたい3000円のカード1枚で最低2アポくらいはとれる。

公衆電話のボックスで「待ち」をするのは、30分か長くて1時間くらい。それで釣れなければ諦める。僕はテレクラにハマっていた。見知らぬ男女の出会いがこんなにも簡単で、こんなにも刺激的で面白いとは思ってもみなかった。もっと早く、この画期的な出会システムに出会っていたら・・・なんて思う。




14時くらい。今日はすぐにヒットした。待ちの時間約2分。そして、つながってからアポまで3分もなかったと思う。こんなに簡単にアポが成立するのはサクラではない。

待ち合わせ場所を決めて「携帯番号を教えてあげるから、待ち合わせ場所でわからなかったらかけてきて」と言うと、

「え?いいの?」と返される。サクラはこんなこと絶対に言わない。これはもらった。

午後4時にターミナル駅の近鉄百貨店の前で待ち合わせした。喜び勇んで行ったが、女の姿はなかった。おかしい。電話の感触ではサクラではないはずだったが。しばらくその場所で待っていたが、携帯が鳴ることもなかった。

多少落胆して家に帰ると携帯が鳴った。0775という市外局番がディスプレイに表示されている。出てみると、さっきの女だった。

「約束の場所にいなかったでしょう」彼女はなぜか怒っていた。

どうやら行き違いになったようだ。あわてて僕は「これから会おう」といった。テレコミは、明日や明後日のアポはないに等しい。今遭わなければ意味がない。そう思って、強引にアポを取りつけた。彼女の居場所は隣の県。そこまで行くからと言って、なんとか怒る彼女を説き伏せた。

こんどは夜の7時に待ち合わせをした。場所は隣の県の南のほうにあるJRの駅。ここからそんなに遠くもない。1時間あれば十分つく。

僕の車は、曇り空の国道1号線を走っていた。

アポがサクラかどうかわからなければ悶々とするところだが、だが、これからのアポは、期待度100%なのだ。直電もつながっている。それを思うと、眠気も吹き飛んで楽しくて仕方がなかった。



車が県境を越えると同時にフロントガラスに雨粒が落ち始めた。そういや今日は、天気予報で夜から雨って言ってたな。

途中のコンビニで駅の場所を聞く。新しくできたばかりの駅で、変な場所にあった。



駅まであと少しというところで携帯が鳴った。ディスプレイには「公衆電話」とある。きっとあの女からだ。

通話ボタンを押すと、「もしもーし」と1時間前にも聞いた女の声が聞こえてきた。

「うん。あと15分くらいでつくよ。駅から電話してね」

「あは、ほんとにきてくれてるんや」

彼女は、もう待ち合わせのJRの駅で待っていると言う。これは120%もらったな。自然と笑みがこぼれてくる。でもいいのだ。これが楽しみでテレクラ遊びをしているのだから。

僕は、駅に付くと近くの路上に車を止め、徒歩で駅のバスロータリーへと向かった。小雨が降る中、あたりを見回してみる。それらしい女がいないか・・。

バスロータリーに人影はほとんどない。居たらすぐわかるはずだ。そのとき、携帯が鳴った。「公衆電話」と表示されている。

「もしもし?」

「今、駅についたよ。ロータリーに居る」

「んー?公衆電話?・・・・・もしかして一番端のボックス?」

3つ並んだボックスの一番右端に、小柄な女の子が入って電話をしている。これだな・・。

「今後ろに居るよ」

そう言うと、その女の子は受話器を置いてこちらを振り返った。

「こんばんは。はじめまして。○○○ マリです」

いきなり自己紹介を始めた女に僕は一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔で切り返した。

「やっと会えたね」

「うん」

女は先に立って歩き始めた。

「どこいくの??」

「だって車でしょ?車でどっかいこう」

彼女の積極的な態度が、僕には痛くうれしかった。彼女を車に乗せると、エンジンをかけ、1号線を東へ向けて走り出した。

「どうしてテレクラかけてたの?」と、聞いてみた。

「うん・・。今日はバイトの面接があったのね。それでせっかく出て行くんだからついでに・・。」

「ははは!ついでにかけたりするもんか??」

「ううん!かけたのは2回目だよ!」

「ふーん」

「どうやってあの番号みつけたの?」

「ティッシュに書いてあった番号にかけた・・・」

「あ、そう・・」

夜の国道は車も少なく走りやすかった。とりあえず話をしながら目的地を定めずに車を走らせることにした。

それにしても・・・。なんだか、変わった女だ。特に遊び人という訳でもなく、どちらかというとまともで普通の女だ。いや、まともというか真面目な部類かもしれない。でも、なぜそんな女がこの時間にひとりで家を出てくるんだ?

「彼氏は居るの?一人で住んでるんだっけ?夜に出てきても平気なの?」

「ううん。いいの。彼氏じゃないけど、男の人と一緒に住んでいるの」

「それって同棲」

「・・でもやってないよ。居る所がないから、泊めて貰ってるの。その代わり家事はやってるよ」

なんだかよくわからない女だな。まあいいや。どうせ一晩限りの付き合いなんだし。これ以上解明するのが面倒くさくなった僕は、次の一手を打つことにした。

「あのさあ、ご飯食べる?おなか空いてない?」

「うん。いいよ」

車を走らせる先に、レストインターのネオンが見えてきた。こいつはグッドタイミング。

「ここでいい?」

「うん!ハンバーグ食べたい!」

僕はハンバーグレストランびっくりドンキーへと車を乗り入れた。

「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

ウエイトレスが出迎えて、そのまま禁煙席に案内された。

僕が座ろうとしたとき、彼女が思い出したように言った。

「あのさあ、隣に座ってもいい?」

「なんで?」

「寂しいから。あたし、ご飯食べてる間も手つないだりしてるよ」

「いいけど、まわりから変なカップルって思われるよ。きっと」

「・・・」

彼女は黙って僕の隣に座った。なんなんだ、この女は。

「毎日何してるの?バイト探してるってことは学生?」

「うん??んー、浪人」

なんだ?計算が合わないぞ?

「21歳だよね?」

「うん、そう」

なんなんだ?この女は?

「でも、そっちは19歳に見えないね。落ち着いてるし」

「はは・・。よく言われるよ」

ウエイターが料理を持ってきた。

ハンバーグを彼女はおいしそうに平らげたが、僕は少し箸をつけただけで、ほとんど口にしなかった。この女の事が気になって、食べるよりもイロイロ質問したくなったから。

僕はずっと気になっていたことを聞いてみた。

「一緒に住んでるって、どういうこと?」

「居候」

「親は?」

「さあ、仲悪いから・・」

「お金は?」

「ないからバイト探してたんじゃん」

「はあ、ごもっともで」

「大学行きたいのね。で、3浪して2つ受かったんだけど、行きたい所じゃないから行かないの。で、今はもう勉強するの嫌だから」

なんとなくではあるが、話が読めてきた僕は、切りのいいところで店を出ることにした。彼女は嘘は付いていない。僕は嘘をついている。

「さあ、どうしよう?」

白々しいセリフを吐いてみたところで、僕の中ではこの後のプランは決まっていた。どこかのホテルへ行き、そしてセックスする。二人で車に乗り込み、1号線を今度は西へと向かった。

「どっか行きたいところある?」

「うーん。」

「え、もしかしてもう帰りたい?」

「ううん!そんなことないよ」

「ホントに?」

「うん!」

ムキになっている様に彼女は答えたが、僕にはそれが、今日は帰りたくないというサインに聞こえた。とりあえず1号線を西に向けて走らせることにした。時刻は夜の10時。この時刻に帰りたくないと言うことは、それすなわち泊まりたいということ。

「彼女はいるんでしょ?」

「うん?うん」

僕には彼女は居なかったが、テレクラをするときはいつも、彼女持ちということにしていたのだ。

「彼女はどんな人?」

「んー、ふつう」

普通の人なら戸惑うところだろうが、僕にとっては、問題となるような質問でもなかった。いつも彼女は居ると言って遊んできたから。

「彼女居るのにテレクラしてていいの?」

「いいんじゃない、別に」

「彼女、悲しむよ」

「まあ、いいんじゃない。あいつもどうせ遊んでるし」

僕はいつもの逃げ口上で逃げたつもりだった。そして逆に質問した。

「まえ付き合ってたっていう彼氏は?」

「あたしを置いてイギリスへ留学しちゃった」

「そう。置いてかれたんだ」

「そう、あたしを置いて」

やたら真剣な顔で自分に言い聞かせるように呟いたので、ちょっと驚いた。冗談で言ったつもりだったのに・・まずかったかな。話題を変えてみた。

「セックス好きっぽいね?」

「うん。好き」

「S?M?」

「M。そっちは?」

「両方いけるよ」

「ふーん。あたしは外でしたりとかしてた。・・で、初体験は、男友達の家で裏ビデオ見てて、それで・・!」

「それ、嫌な初体験やな」

「うん。そう」

彼女は自分を曝け出していたが、僕は自分を出さずに嘘をつき続けた。どうせ一晩限りのつきあいなんだし。しだいに話疲れてか話題が尽きたのか、二人は無口になっていった。彼女は時折、桃の天然水を口にしながら前を眺めている。

絶対やってやる。これは絶対いける。こいつはMだ。MもSも知るほど経験はないくせにそんなことを考え、僕は股間を膨らませた。

午後11時。二人を乗せた車はホテル街にあった。

「眠いね」

「うん」

「帰りたい?」

「ううん」

「お風呂はいろっか?」

このくどき文句は、ここのところ僕が愛用しているものだった。もっとも、くどき文句と言えるかどうかは、わからないが。この問いに対して、彼女は何も答えなかった。

「入りたくない?」

「・・・」

「嫌ならいいけど。帰る?」

「ううん」

帰る?の問いに対して否定の返事はあったが、ホテルへ行くことに対しての肯定の返事も無かった。しかし、テレクラ遊びをする男にとって、そんなことは関係の無いことだった。夜に会って車に乗った時点で、することは決まっているのだ。ついてきた方が悪いのだ。

僕は車を1軒のホテルへと入れた。彼女はその間、終始無口だった。時折、何か言いたげだったが、結局何も言うことは無かった。 部屋へ入ると、彼女は立ち尽くしていた。それとは対照的に僕は陽気で、はしゃいでいた。値段見ないで決めたけど、いい部屋じゃん。

「お風呂入っていい?」

「え?ここで脱ぐの?」

「なんで?ダメ?」

初対面の人の前で裸になることになんら抵抗のなくなっていた僕は、何のためらいも無く裸になり、浴室へと入った。入り口の扉のないガラス張りの浴室からは、部屋の様子がよく見えた。彼女は一人ベッドに座っている。シャワーを浴びてバスタオル1枚で出てきた僕は、まだベッドに座ち続けている彼女に聞いた。

「お風呂入らないの?」

「・・・・」

「どうかした?」

「・・・まだあんまり知らないから」

「もしかして、怒ってる?」

「・・・ううん」

「怒ってるよな」

「ううん」

「もう、帰りたい?」

「ううん」

「送っていこうか?」

「ううん」

「まだ、電車もあるよ」

「いいの・・」

「ごめん」

「・・・」

「ごめん・・なさい」

「いいの。付いてきたのはあたしだから」

「んじゃ、もう寝よっか?何もしないで!」

「うん」

彼女は僕に背を向けて服を脱いで、ホテルの部屋着に着替えてはじめた。その間、それとなく僕は目をそらして見ないでおいた。

電気を消して、一緒にベッドに入った。

「セックスって付き合って3ヶ月位してから初めてするものじゃないの?」

「そうかな」

「男の人っていつもやることばっかり・・」

「どうしてテレクラかけてきたの?」

「お金がないから、お金貰えるかと思ったの!前に遭った人はおじさんで、すぐホテルに行こうとした。男の人ってやることばっかり」

彼女が手をつないできた。いつしか眠りに落ちた。



翌朝、彼女に起こされた。「もう朝だよ」

時計を見てみると、朝というより早朝を示している。

「・・うん」

彼女は何か言いたそうにしている。やがてきまり悪そうな顔をしながら「ねえ、しよう」といった。


恥ずかしがる彼女のために、電気を消して真っ暗にして、手探りでセックスを始めた。


彼女の体は熱かった。熱くなった胸を手のひらで包んで乳首を舐めた。

「ちょっと・・、あたし、胸弱いの・・・」

真っ暗な中で割れ目を見つけると、そこは驚くほど濡れていた。

クンニしようとすると頑なに拒否されたので、指を入れた。

でも、途中でおわった。僕の竿が勃たなかったから。彼女は勃たない僕の竿を一生懸命フェラしてくれて、ちょっと勃ったので騎乗位で少しだけ挿入したけど中折れした。二人で笑ってセックスは終わった。


電気をつけて明るくした。

「いい人なんだね。嘘つきだけど。なんで嘘つくの?」

そう、彼女はすべてお見通しだった。

「やっぱり昨日しとけばよかったかな」

彼女は悪戯っぽく、でも少しだけ残念そうに笑った。

「あたしは医者になるの。アフリカへ行って子供を助けるの。だから医大を受けてるの。」

「・・・・」

「もう3浪だよ。次、4浪だよ。もう嫌になって。だから」

「・・・・」

「あたしはみんなに人類愛を感じているよ。君にも」



駅までおくって行って、改札で別れた。

「勉強頑張って・・」といったときの彼女のうんざりした顔、今でも覚えている。






それから1年。

携帯が少し鳴ってすぐ切れた。ディスプレイに0775・・とある。誰だろう。0775・・?


・・・そうか、一年経ったんだ。浪人生の一年が。


春が来ると、彼女のことを少しだけ、ほんの少しだけ思い出す。

そして、自分の愛のあり方を考えてみるのだ。



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