50. 日本海号で大阪へ


今回は、東日本編を終え、帰る日のところを回想します。

『ベイブリッジで休んでマクナルチケット使用でBIGマックが490円也。』

ノートにこのように書かれております。写真も撮ってありました。



ポテトをナプキンでくるんでもらいました。こんなことしてもらったのは生まれて初めてでした。感動して撮ったんだと思います。

帰るのは、東京方面経由で大阪か、日本海沿いで大阪か、の2択です。青森から出発する寝台電車は2つ「あけぼの」と「日本海」がありまして、どちらも新津(新潟県の街)までは同じ線路を走り、そこから分岐してあけぼのは東京へ、日本海は大阪へ向かいます。

私は日本海のチケットを買いました。東京を経由して一発するという手もありましたが、セキセン・ダイサンの最果てブルースを味わった後に東京とかありえないと思ったのです。切符代は21,740円もしやがりました。お金が無くなったのでATMしました。





黄昏時の19:30前に乗車です。



すでに電車が待機しています。



ブルース溢れる色。

日本海号のB寝台は、新潟に行くときの乗った「きたぐに号」よりグレードがだいぶと劣りました。きたぐには乗り心地良かったし、気密性も高かったし、窓も大きくて景色が良く見えたんだが。



通路。

発射前ですが、車掌さんが検札に来ます。「食べ物や飲み物は買われましたか?」と一人づつ声を掛けていました。国鉄時代からいてそうな年配の車掌でしたが、大阪市営地下鉄のゴミ職員とは天と地の差だなあと思いました。

この電車は食堂車はもちろん、車内販売もありません。自動販売機もありません。冷水器は確かあったような気がします。(むかしの新幹線にあった、紙をコップ代わりにして注ぐやつ)。食料を買っていないと翌朝までひもじい思いをすることになります。私は乗車前に酒を購入して備えました。

乗客はみんなが関西へ行くわけではなく、秋田まで行く人とかもいました。寝台を取らずに特急代わりにちょい乗りで利用する人もいるのです。そういう人は寝台を利用できないので通路にある補助椅子みたいなのを使うのですが、肩身が狭そうな感じでした。しかも指定席券ですので乗れる号車も決まっており、そこに全員が集約されてました。



土曜日とあって、まあまあの乗車率でした。途中の駅から乗ってくる人も多くて。このB寝台は向かい合わせになるやつです。



上段



下段

向かいは子連れのママさんがいました。うるさいかと思ったらお行儀のいい静かなお子さんでしてね。感心しました。ひきかえ、あとからやってきた上段ベッドのデブい女がいただけませんでね。上段ベッドに上ろうとして登れなくて「え?これ?(独り言)」「え?無理なんですけど(独り言。キレ気味)」「落ちそうで怖いんですけど(連呼)」とワガママを言い出して、先ほどの人のいい車掌が特別に空いている下段ベッドに変えてあげてましたよ。「落ちそうなのはお前がデブだからだろ。ベッドのせいにすんなよ」とみんな思ってましたよ。



これは別の日に撮った上段からの写真ですが、上段はたしかに「お前たちはこれをお客様に登らせるのか! ふざけるな駅長を呼べ!」って言われそうなシロモノですね。デブ女の気持ちもわからんでもないな。(右のアルミ製の格子状のやつが昇るためのハシゴです)



Classicラガー。



プリン。しょうもない写真撮ってるな。遠足みたいな気分になってたんだろうな。

乗り心地はですね、悪かったです。進行方向に頭が来ないので揺れを体が吸収できないというか、乗用車の後部シートで横になってる感覚です。

富山か魚津か、そのあたりで長いこと停車した記憶があります。浴衣姿でホームを歩き回る人がシュールでした。夜が明けて北陸に入ってからはサンダーバードやしらさぎに抜かれていき。トワイライトエクスプレスとどっかですれ違ったのも覚えています。


さあ、大阪に戻ったらバイク屋へバイクを取りに行ってまた出発だよ。北海道行ったばかりだけどまた北海道に行くよ!こんどはバイクだよ!


続きは次の水曜日くらいに。

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