20. 妄想劇場1

Zは28歳。ホモだった。しかし、ホモであることを隠していた。自分の容姿が男女どちらから見ても、さほど優れていないことを自分で解っていたからだ。小太りでインドア派、なので色は白い。白豚だ。

Zは、マスターベーションが好きだった。男でいくのが好きなのだ。そして、ネカマが大の得意だった。ネカマをして、チャットやメッセージのやり取りを経て、電話を繋いで女声を出してテレホンセックスをするのが彼のマスターベーションの仕方だった。彼の理想は、ノンケの男が自らの巧みな話術によっていいなりになってしまうことだった。

ネカマは彼の特技の一つ。女のものに聞こえる、可愛い女声を出せるのも彼の得意技その2だった。ネカマをさせたら彼の右に出る男はいない。実際、彼は2次元の世界では「女神」の称号を得ていた。女神の正体が男であると知るものはおそらく誰もいなかった。女神がネットに残すプレイの描写に、多くの男が夢中になった。

Zは28歳になった夏、北海道へ行くことにした。彼は会社員であったが、世間の多くの会社がそうであるように、お盆の休みに入ったからだ。北海道へ行くことは前から予定していた。彼の住んでいる東京もとい千葉県成田からは千歳へと飛行機に乗れば2時間。表向きの目的は3泊4日の札幌グルメの旅であったが、遠く離れた開放感のある土地で、男を漁るという裏の目的も持っていた。この「遠征男漁り」は彼が20歳を過ぎたころからの趣味であり、生きがいの1つだった。


Zが北海道の地を踏んで2日目、彼は健康ランドにいた。泊るところは当然のことながらサウナか健康ランドだ。たくさんの男の裸が合法的かつ24時間見放題だからだ。彼は健康ランドの脱衣所で、男のチェックを始めた。やがて、ひとりの若い青年をロックオンした。が、うまくトークで乗せられなくて離脱された。Zはあきらめずに、他を探すことにした。そして次にロックオンしたのがYだった。Yは筋肉質で日焼けしており、顔は凛々しかった。Zの好きなタイプだった。

Yは北海道ツーリングをしている途中だった。Zは、それを聞き、そのシチュエーションにグっときた。「すごいね~、すごいね~。かっこいいね~」とYを得意のトークで持ち上げた。そして、自らも旅をしている途中だといった。バイクの事は解らないので車で北海道を回っているのだと言った。どのフェリーに乗ったかを聞かれたときにも、「大洗から乗った」と千葉県民ゆえに答えることが出来た。年齢は、Yが21歳だったので、2歳サバを読んで26歳と答えた。

Yは人当たりが良かった。また性格も良かった。そもそも、ツーリング中は、何処へ行っても声を掛けられる。初対面の人間から話しかけられるのには馴れていた。しばらくZとの話に付き合い、やがて風呂に入りたくなったので、会話を途中で打ち切った。

Zは、Yを深追いしなかった。これはいけるという自信があったからだ。

時計の針が24時を過ぎたころ、Yはリクライニングで休んでいた。そこへZがやって来た。そして、にこやかに声を掛けた。

「やっと見つけたよ、ここにいたんだね」

Yは一瞬ギョッとしたが、めんどくさいながらも対応をし、やがて、この目の前にいる小太りの男が何かを企んでいるのではと訝しんだ。これは引付詐欺、または寸借詐欺ではないだろうか。

Zは、そんなYの心中を知ってか知らずか、東京弁でトークを主導する。徐々に核心に迫っていくように。

「ほんとかっこいいよね、彼女はいるの?」「もてるんじゃない?」

あからさまだった。女の方向に強引にもっていく流れに「これは美人局だな」とYは気づいた。いっぽうZは予定通り話をさらにエロい方へと持っていった。

「じつはさ、彼女と一緒に旅行に来てるんだけどさ、彼女大学生なんだけど、けっこう変態っていうかエッチ大好きなんだ。それでさ、よかったらさ3Pしない?」

「しない」

Yは即答した。乗らない。これはもう間違いなく裏がある。そんなAVみたいな展開が現実にあるわけはない。それくらいは若いYでも知っている。東京人しか知らないような聞いたこともない大妻とかいう大学名をわざわざ具体的に言うのも不自然極まりないと思った。

Zは相手が乗ってこないことに少し焦ったが、話をブーストさせた。ここが勝負どころだ。

「疲れているんだったらフェラだけでもいいよ。彼女さ、フェラが得意なんだ。大好きなんだよ。そのあとはこっちでやるからさ。見てるだけでもいいよ」

「いや、いい」

「ねえ、興味ないかなあ。頼むよ。ちょっとだけでいいからさあ」

「じゃあここに彼女連れて来いよ」

「本当だよ。彼女は向こうで待ってるからさあ、今から行こう」

Yは、あまりのしつこさに辟易したが、仮に美人局であったとしても、それはそれで面白いかもしれないと思った。女が出てきたらフェラさせて、怖い男が出てきたら返り討ちにしてもいい。誰かが加勢してきたとしても3人までなら奇襲すればブチのめせる。仲間が沢山いるようにも思えない。どちらにしてもここは健康ランド。いざとなれば110番で事が済む。こっちは被害者だ。

勝負どころのZは、さらに第2ブースターに点火して話を進めた。

「フェラは嫌い? 手コキの方が好き? じゃあさ、男にしてもらったこととかある? じっさい男の方が巧いんだよね。男同士ならツボ解ってるじゃん?」

ああ、美人局ではなくホモなのか。Yは合点がいった。しょうもない結末に、戦闘態勢を整えて早打ちしていた心拍数が一気にトーンダウンしたが、目の前にある問題は解決していない。どうやって黙らせようか。おそらくこいつは朝まで離れないだろう。ということはこちらも朝まで起きっぱなしでいないといけない。寝たらきっとイタズラされる。それは解っている。Yは、これまでにもサウナや健康ランドに泊った際に、チンコを揉まれたり、舐められたり、ディープキスされたりしたことがある。いずれも寝ているときにやられ、目が覚めたときには犯人は風のように去って行ったあとなのだ。寝ぼけていたのだと自分に言い聞かせるしかないのだ。

Yは、この状況を打開するには、この目の前の男をある程度納得させてやるのがいいと思った。そして、このさい、このハプニングを楽しんでやれと思った。

Zは、考えているYの顔を見て、彼の心が動いているのだと思った。そしてなんとかしてその気にさせようと熱心に頼み続けた。

「ねー、たのむよー、ちょっとだけだからさー、協力してくれよー」

「じゃあ、しゃぶらせてやるよ」

Yは、立ち上がって言った。このままでは埒があかない。少しつきあってやるしかない。もしこいつがホモであることを認め、お願いしてきたら、しゃぶらせるだけではなく、こいつのチンコを手コキしてやってもいいとも思った。少しプレイしてやれば納得するだろうと思ったのだ。

Zは、Yの発言を聞いて、飛び上がりそうになった。いや、実際に5センチ飛び上がっていた。「やった、おとした!」心の中でガッツポーズをした。

「ぜったいに巧いって言うと思うよ」

Zは自信たっぷりに言った。そして慌てて、こう付け加えた。

「あ、彼女さ、後から来るって言ってるから」

もう3Pの初期設定が完全に破綻しているが、目の前にしゃぶる許可が出ているチンチンがあるのだから、それどころではないのだ。Zだけではなく、Yも設定などどうでもよかった。めんどくさい奴だと呆れた。

「早くしゃぶりたい」と、「はやく眠りたい」。お互いそれだけだった。

Yは、Zについて浴場へ行ったが、めんどくさいので「ここでしゃぶれよ」と言った。Zにはそんな大それたことは出来ない。「恥ずかしいからさあ、もっと奥へ行こうよ」といい、2人は奥にある広い露天風呂へと向かうことになった。

「はい、どうぞ」

露天風呂でYがチンコを差し出した。

「もっとこっち来てよ」

Zは相変わらず周りを気にしていた。露天には他に入浴者がいたからだ。

2人が露天風呂の隅のほうへいくと、ZはYのチンコを口に含んで美味そうにしゃぶり始めた。目を半ビラにして。ゆっくりした舌使いで。

Yは仁王立ちの状態で、されるがままにしていたが、やがて湯面が揺らいでいるのに気付いた。なんだろうこの波は。視線を落とすと、Zがフェラしながら湯の中で自らのチンコを高速でこすっている様が目に入った。Zは湯船の中で自分もマスってイくつもりだったのだ。できれば口内発射してもらい、願わくばその瞬間で自分も同時に射精したい――。それがZの希望だった。

Yはそれに気づいたが、何も言わなかった。心底終わっている男だと思った。そして、Zがいくまえに「もう、おわり」といってチンコを離した。

「えっ もうおわり!? なんで? 最後までしてあげるよ!?」

寸止めを食らってZは驚いた。どうしてこの状況で行為をやめる人間がいようか。理解できなかった。

「俺はホモじゃないから」

Yの返した言葉と鋭い眼光に、Yの意志が固いと知ったZは、引くしかなかった。だが諦めきれずに言った。

「寝てるときにまたしたくなったらさ、いつでも言ってよ。続きやるから」

「いや、二度と俺に話しかけるな」

「どうして? じゃあさ、TEL番教えて?」

しつこいZの攻勢に、Yは思った。丁重におことわりしようと。根に持たれて寝ているときに顔にかけられても困る。

「いや、迷惑だから。ね、そういうのは辞めて欲しいんだ」

「じゃあ、またどっかで会えたりしない?」

Zは、北海道にいる間、あと1回でいいからおしゃぶりをしたかった。だが期待した言葉は返ってこなかった。

「ごめんね、しゃぶらせてあげただろ? オレのことはもう忘れて」

Yは内心殴りたい気持ちを押さえて、冷静に言葉を選んで答えた。Yの毅然とした言葉に、Zは従うしかなかった。そして、最後にYに向かってこう言った。

「おれは……、忘れないよ」


Yにとってはこのうえない迷惑な出来事ではあったが、Zの中ではロマン溢れる一夜の思い出として記憶されることとなった。場合によっては、Zの手によって心ときめく女神と男のドラマに作り上げられ、Xファイルなどといったタイトルで世界に向けて発信されるのかもしれない。





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