12. 西日本/高知

9時15分に起きる。無料のカミソリがあったから使う。髪の毛をジェルで固めて身だしなみを整えている。なぜか、それは女にモテたいからだ。と鏡に向かって言ってみたりする。

サウナを出てからバイク屋に電話してみたところ、直すのにはまだまだかかりそうだと言われた。でも、昨日の思い付き「電車の旅ちょんのま東日本編」があったので何とも思わなかった。むしろ、もっと時間がかかってくれたら、気兼ねなく電車の旅をできるではないかと思いさえした。担当の整備士に、急がなくていいと伝えて電話を切った。それから、タンクは買ったから注文しなくてもいいとも。そうだ、タンクをもっていかないといけないし結局のところ数日中に大阪まで戻らなければならんな。

とりあえず充電したかったので、岡山駅前の大通りに面したマクナルに入る。コーヒーを貰って道路が良く見える位置に座って充電。まわりはリーマンばかりだ。ひとりのリーマンが、ハンバーガーが冷たいから交換しろと騒いでいる。みなよ、あれが負け組だよ。おれは勝ち組だけどな。

これを飲み終わったら電車に乗って瀬戸内海を渡り高知まで行こうと思い、ケータイで高知行の電車の時刻を調べると12時40分までないようだ。仕方が無いのでトレードして時間を潰す。

値動きを見るのに飽きると、どうせなら安い切符を買っておこうと思って駅近くのチケットショップへ行ってみた。店前にペタペタ貼られている紙を見たところ高知まで行く電車の切符はなかった。チケット売りのおばさんに聞いたら、高知行きのチケットはバスだけだと言われた。私はこのとき、高知への路線がどうなっているのかよく知らなかったのだ。おばさんは先ほどから、電車で行く人などいないという顔をしていたが、おそらく営業心で「バスならこの値段になります」と貼札を指さした。私は長距離バスが嫌いということもあり、多少意地になって「そうですか」とだけ言い、バスのチケットは買わずに、そのまま駅へと向かった。バスが嫌いというのもあったが、電車でここまで移動してきたのだから、やはりこの先も電車で行きたいというのはごく自然なことだ。それに、高速バスを使うことが金メダル獲得に悪い影響を及ぼす気もした。審査員の印象が悪くなることは出来るだけしたくない。

とりあえず12時40分のマリンライナーに乗って瀬戸大橋を渡ることには成功した。終点の高松駅で降りると、自動改札機が導入されたとかで新しい改札があった。駅ホームのうどん屋で350円で昼めしくって、乗り換えようとするも高知方面の電車が無い。どういうことかと思ったら、高知行の電車は坂出で乗り換えるらしい。しまった。

あらためて坂出から乗った高知へ向かう電車はワンマンカーだった。学生しか乗っていない。電車は山奥の駅で停車して特急電車をやり過ごす。さらには乗り換え。やがて学生もいなくなり、客は私の他に爺さんと荷物を持った婆さんの2名だけになった。特急をやり過ごす駅では、ホームに出て端から端まで3回は散歩できるくらい長い間止まっている。駅員のいない山小屋のような駅舎の時刻表を見ると6本しかない。朝と夕方のみ。一日6本。乗り遅れたら死ねる。この電車に乗る人たちはどんな毎日を送って、どんな仕事に就いているのだろうか。やっぱり田舎はダメだ、気が狂う。

長い時間、ひたすら我慢して座って、ケツが痛むと立ち上がって車内をウロウロして外を眺めているのだが、この水色の電車はさきほどからマイペースで永遠と山の中を走っている。いやこれは電気ではなくディーゼル機関で走っているから電車ですらない。運転席から進行方向を見ると、山の緑がいまだ果てしなく続いている。気の遠くなるような時間だ。チケット売り場のおばさんの顔が思い浮かんだ。バスを勧められたのは営業ではなく、親切で言ってくれていたことに今更気づいた。

ようやく、なんとかいう駅で水色の電車からクリーム色の電車に乗り換えたのは17時だった。このクリーム色の電車の終点が高知駅らしい。

高知駅についた私は、真っ直ぐ境町へ向かった。堺町というのはソープランドとかヘルスとかのある風俗街だ。高知駅からは、遠くもないが徒歩だと微妙に遠い中途半端な位置にある。ここにソープやヘルスに混じって売春旅館があるのだ。裏風俗としては知名度は高く、いろいろな書籍で詳細情報が書かれている。ネットにも濃い目の情報が落ちている。路面電車の走る大通りから、内側のブロックに入って歩き続けると、ソープランドの建物が見えてきた。このあたりだ。さっそく捜査を開始する。

古びたソープランドが点々とあって、ヘルスが2つのビルにまとめられている。売春旅館はソープランドに混じって、ごく普通の民家のように存在している。すべての旅館には看板が出ているものの、建物自体は小さいものが多く、看板が無ければ一般のお宅や事業所と見分けがつかない感じだ。

玄関扉が開いているわけでもなく、水が打たれているわけでもなく、しんと静まり返っている。ソープやヘルスにも客引きらしい客引きはいない。くたびれた感じというか、全体的に活気がない。

この何日かのあいだ、いろいろな売春街を見てきた。目に見えない黒いやつ(見えないんだから色はないはずなのだが、なぜか黒いとイメージできるのだ。抵抗力にもよるが人の体に着くとなかなか離れないやっかいなものだ。一度つくとどんどん仲間を呼んで増殖する。抵抗力のない男女間でも移動できる特性があり、へその穴から出やすい。ほうっておくとブルースなんとかっていう病気になる。)が、生ゴミから発生するコバエのように出続けている街もあれば、ここのように静まり返っているのもある。媒介する人がいないからだ。売春施設が存在するのに静かなのは、街が休んでいるのだと理解している。黒いやつは街にカネが回り始めたら、活性化する。カネは売春街にとって栄養であり、それを血液のように循環させるのだ。循環したカネの恩恵を受けるのは様々な人間である。循環すればさらに金を落としに人間がやってくる。そうすると、そこで人間はギリギリのドラマを生み出す。黒いのはそのギリギリを敏感に感知して、どこからともなく湧いて増え始める。人間がいるから黒いのが生まれるのである。

休んでいるからまた動き出すのだろうが、それがいつになるのか。まさか寿命って事はなさそうだけど。なんでこんなに活気が無いのだろう。

なんだかよくわからない。店舗の数はそれなりに多いんだけど、買いに来ている客が自分以外には一人もいないのだ。

大まわりに1周して、だいたいの雰囲気や店舗数はつかめた。目的の旅館は、ビジネス旅館風のものもあれば、遊郭風の建物もある。いずれも客引きはおらず、静まり返っている。花畑のように、リフレッシャーとしてのスキルが試されるエリアのようだ。だが、いまの私には少しの勇気すら必要なかった。どころか、入りやすさではなく、面構えで選り好みをしているくらいだ。人間はわずか1週間でこれだけレベルアップするものなのかと思いながら、川沿いのほうへいって、さきほど目をつけておいた一番立派な面構えをしていた遊郭風の旅館に入ってみることにした。

この建物は川に近い角地に建っており、土手下の大木の梢の緑と、屋根の瓦が、映画の1シーンのような光景を醸し出している。2階部分には白地に黒い明朝体で書かれた小ぶりの看板が付いているので、遊べることは間違いないだろう。この映画のような退廃感の中でプレイをするのだ。そう思うと、にわかに興奮が腹の底から沸き起こって来た。やっぱり腐っても売春街だ。

私は1つ深呼吸をして、それから建物に接近して、それとなく格子のはまった窓から旅館の中を覗いてみた。すると、それを察した一人の女が凄い勢いで飛び出してきた。玄関が表側だけではなく横側にもあったのだ。

「ちょっと、ちょっとまあ入っていき。ええこおるから」

派手な化粧をした年増の姉さんだ。

はあ、そうですか、とか言っているうちに、強引に中に入れられることになった。旅館内は雑然とした部屋があり、「主」という表現がぴったりくる女主人が座っていた。遊郭映画に出てくる帳簿をめくっている人みたいな貫禄だ。

私が卓を挟んで座ると、ぬる加減のお茶が出てきて、なんだかんだと世間話。ここらの景気を聞いてみたが、私が思っていたほど活気がないこともなさそうで、「ぼちぼちやっているよ」とのことだった。堺町というのは、そういうキャラクターの売春街なのかもしれない。

最初に声をかけた姉さんは横に座って、私と主とのやりとりを聞いていたが、やがて会話が購入する女の話になってきたときに、

「若い子よ。それかアタシで良かったらアタシでもいいよ」

と、割り込んできた。この姉さんは、自分で寝ることもあるのだろうけれど、気の利かないジョークの可能性もあると思い、私は愛想笑いをしておいた。姉さんはズボンをはいていたが、開いた背中から黒いボクサーパンツが見えている。だらしないなあと思う反面、なんとなく生でいけそうだなあとも思った。「おねえさんがいいです」と言いたい気持ちも少なからずあったかどうかは想像に任せるとして、えへらえへらしていると、愛想笑いだとわかったからか、やがて私と年齢の変わらない女を呼んでくれたのだった。

捜査ファイルは121です。

プレイがすむと、1階でまた話をした。私が「旅をしている」というと、姉さんは「あたしもつれてって」と食いついてきた。いっぽう女主人のほうは「だいぶため込んでるんやね…」とニヤニヤ。主はさすがに見るところが違いますな。ひきかえ姉さんは悪い男に騙されるタイプの女だよ。

しばらく話し込んでから旅館を出ると、しなとらとかいうラーメン屋に入った。不味いラーメンで1,010円。それからコンビニでビールと納豆まきを買ってぼんやり繁華街を歩いて、サウナに入った。


10時に起床。本日のセックス予定なし。朝の繁華街をブラブラして、急に思い立って桂浜へ向かうことにした。桂浜は、数年前に玉水町へ行ったときにも寄った。あのときに砂浜で日本一周風俗の旅は実現しなければならないと思った。いま、その真っ最中。だったら、いまいったらどんな心境になるのか行ってみようと思ったのだ。

歩いて行こうとしたが、あまりに遠いので途中から路線バスに乗り込む。桂浜のバス停でバスを降りて海のほうに歩くと、弓なりになった砂浜が見えてきた。やはり素晴らしい。思索に耽るには絶好の場所だ。歩いてむこうの岩のところまで行ってみると社があり、おみくじがあった。ひけば大吉が出るのは解っている。いまの私は確率変動中だから、なにをやってもうまくいく。100円を入れておみくじを引いた。あたりまえのように大吉だった。 岩の上から海を眺めて、これで第一ターンが終了したことを実感した。次はこの流れで東日本だ。

高知駅。いざ帰ろうとすると、もう少しこの余韻を楽しんだほうがいいような気もして、結局、切符を買ったものの予定していた16時12分の特急南風には乗れなかった。どうも、帰るのが惜しい、改札に入る気がしない。まあいいさ、次のに乗ろう。

次こそ乗るんだと決めて、キオスクでビールとはらんぼを購入した。この西日本の旅を振り返ってみる。楽しかったな。勲章をたくさん手に入れた。とっても美味しいビール。まだまだ旅は続くぞ。


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