トルコ風呂からソープランドへ


ソープランドはかつて「トルコぶろ」と呼ばれていました。ソープランドに代わったのは昭和59年です。「トルコ人からクレームがついたから名称変更された」というのは聞いたことがある人も多いと思います。嘘みたいですがこれは本当の話です。昭和59年の特殊浴場業界に何があったのでしょうか。みていきましょう。


トルコぶろの名称変更は、トルコ人のヌスレット・サンジャクリさんが「日本のみなさん、あのいかがわしい浴場を『トルコ』と呼ぶのはやめてください」と訴えたことに始まります。

サンジャクリさんは留学生として来日したときに、日本のトルコ風呂の実態について知り、衝撃を受けました。実際に新宿のトルコ風呂に内容を知らずに入って女の人が出てきて初めてわかったそうです。帰国したサンジャクリさんはトルコの日本語スピーチコンテストで、このトルコ風呂問題をテーマにして1位になり、副賞として日本への往復航空券を貰いました。そして、その航空券で再び日本へやってくるのです。トルコにある本物のトルコ風呂の写真をもって。日本で使われているトルコ風呂の名称を変えてもらうことが目的でした。彼の訴えは、8/23の朝日新聞に詳しく載っています。


朝日新聞S59/8/23夕刊

この新聞記事を見たジャーナリストの小池百合子という人物が動きます。小池さんは現在の東京都知事の小池さんその人です。トルコ共和国をよく知る中東通でもあります。

喫茶店でサンジャクリさんと会って話をした小池さん、彼の熱心な訴えを聞き、「何とかしてあげたい」という気持ちが芽生えます。そして、トルコ風呂という呼び方を変えるために行動を開始するのです。

小池さんがサンクジャクリさんをバックアップして始まった改称キャンペーン。小池さんの取った作戦はターゲットを①厚生省②電電公社③トルコ業界に絞り、①②に申し立てをし、最後に③業界に改称のお願いに行くというものでした。

厚生省に陳情するにあたっては毎日新聞の友人にアポを取ってもらい、記者クラブにも話を通してテレビカメラを用意させます。テレビ映えを意識して陳情書は手書きの日本語にし、それをサンンジャクリさんが渡部大臣に渡すシーンを撮らせたのです。


新聞に載った陳情書を渡す光景 中日新聞S59/9/18夕刊

トルコ風呂というのは通称・俗称ですので、厚生省にはそれを変更する権限はありません。 しかし実際には①の効果が絶大で、新聞などでもさかんに取り上げられ、わずか1カ月足らずで業界自らが改称すると言い出したのでした。 ②の電電公社も話は直ぐにつき、10/13までに今後制作する電話帳に関しては、「トルコふろ」を職業分類項目として使用しないことが決定しました。一部エリアの職業別電話帳では、「トルコふろ」の分類項目が使用されていたのです。

小池さん当時32歳。さすがにやり手ですね。当時の新聞記事などを見ると、小池さんの名前は一切出てきません。裏方に徹していたようです。サンジャクリさんは30歳。少し額が広い髭を生やした、青年というよりはおじさんです。スピーチをしたり新聞社へ手紙を送ったり、改称運動を展開します。「私にできることは『日本を愛している国の名を、売春をするような所の呼び名にしないでほしい』とお願いすることだけです。あとは日本のみなさんが、私の訴えを『正しい』と思われるかどうかの問題です。正しいと思ったらトルコぶろの名前を変える運動に協力してください。日本とトルコの永遠の友好のためにも心からお願いします」。と、一生懸命訴えています。

訴えから約1カ月で次々とトルコの3文字の使用が自粛されていくわけですが、事業者の対応が凄いスピードです。看板やマッチなどすべて更新するにはそれ相応の金がかかりますが、事業者側から反対意見が出た様子が全くないのは、業界への風当たりが悪くなることを危惧する向きもあったのではないでしょうか。なんせ表向きはしてないはずの本番をどこの店でも当たり前にしているわけですから。そちらに論点が移ったら一大事ですしね。

以下、各地方の事業者の対応ぶりです。

■浅草特殊浴場防犯健全組合(160店舗)
10/9役員会で使用自粛を申し合わせ。

■横浜市特殊浴場協会(48店舗)
10/5までに看板やネオンからトルコの文字を外すことを決定。6日午後の定例役員会で代わりの名称について話し合い、統一名称を決めることに。

■愛知県特殊浴場協会(38店舗)
10月中にネオンのトルコの文字を全て取り外すことを6日までに決定。各店独自に名前を決める。協会加盟外の11店舗も改称運動に同調。11月1日以降は湯房、メンズバス、特浴などの各店で決めた呼び名を使用。

■滋賀県特殊浴場協会(49店舗)
年内をめどにトルコの文字を一掃。10/16の総会で決定。

■静岡県特殊浴場協会(22店舗)
11/1から県内各店でトルコの名称を使わないことを決定。協会未加入店13店舗も同調。

■兵庫特殊浴場協会(70店舗)
10/2の臨時総会で、昭和60年1月1日までにネオンや看板からトルコの文字を外すことを決定。

■土浦公衆浴場協議会(32店舗)
11月中にトルコの文字の使用を廃止

■岐阜特殊浴場組合(68店舗)
9/20の例会でトルコの名称追放を申し合わせ。 10/12の例会で11月末までにトルコの文字を看板、広告、店名などから撤去することを決定。

■東京都特殊浴場協会(池袋・新宿地区、110店舗)
10月23日の臨時総会でトルコ風呂の名称を使用しないことを決定。来年1月末までに看板からトルコの文字を無くす。

■全日本特殊浴場協会連合会(約700業者。各地域団体の上位団体)
風営法59改正が来年2月から施行になるのにともない、いかがわしい印象を与える「トルコぶろ」の名称廃止を約半年前から検討していた。そこに訴えがあったため、9/25の役員会で自粛を決定。改称を提案。10/30に「今後、店舗名に国名や人名などは使わない」との自粛声明を渡部厚生大臣に提出。

■大阪特殊浴場協会(39店舗)
すでに6月下旬ころから店名からトルコを外す。

北海道・仙台・中洲・北九州・別府・埼玉でもすでに自粛している。


新聞タイトルの一部。各地で自粛が始まります。

あわただしく事業者が動く中、厚生省は10/24、都道府県、政令指定都市に対し、特殊公衆浴場に外国名、地名、人名、ブランド名、公共施設名は使わないように指導することを求めた通知を出します。トルコだけではなく「大使館」、「修道院」などの名称も指導対象でした。


この手の名称ダメ。中日新聞S59/10/25

警察も動きます。まずは警視庁が内部文書や事件の発表文において「トルコ」の文字の使用をやめることを決定、今後は「個室付き浴場」を使用、トルコ嬢は「ホステス」と呼ぶことに。10/20の摘発事件発表から実施されました。


まずは東京・警視庁がトルコ風呂の用語使用をやめます。読売新聞S59/10/20夕刊

そして警察庁も、警察組織内で作成する関係文書から「トルコふろ」の用語を追放、「個室付き浴場」に統一する方針を決め、10/26の全国防犯保安担当部長会議で指示。一線署から警察庁まで全警察組織の文書から「トルコぶろ」の名称が消えることになりました。

着々と進む改称運動。サンジャクリさんだけではなく、多くのトルコ人も注視していました。トルコ大使館の文化広報参事官のイルハン・オウスさんは、「日本国中でトルコ(ふろ)改称の機運が高まってきました。これは私たちトルコ人にとって大変喜ばしい事です」「在日トルコ人協会およびトルコ共和国大使館になりかわり、厚くお礼お申し上げます」と、マスコミに書簡を送っています。


このようにして一気にトルコの3文字は消えていくのですが、それに代わる名称は、当初足並みが揃っていませんでした。ソープランドという名称が出てきたのは、一般人からでした。東京都特殊浴場協会(吉原を除く東京都内の店舗が加盟)が11月16日にトルコに代わる呼び名を募集したのです。締め切りは1か月後の12月15日。当選者は北海道旅行に招待というものでした。


公募を伝える新聞記事。読売新聞S59/11/16夕刊

この募集に対して応募は総数2400通以上あり、一番多かったものはロマン風呂、浮世風呂でした。 ソープランドという名称の発案者は24歳会社員・東京都在住の石田さん(独身・ソープ未経験の玄人童貞)。暇つぶしに応募したということです。いわく、ソープは「せっけん」の意味で、ランドは「遊びっぽい」という理由だそうです。


当時の週刊誌より。週刊朝日S60/1/4-11

12月19日には同協会が新名称発表会を行い、ソープランドに決定。発表会はカメラが入り記者会見の体裁で大々的に行われました。トルコ大使館のイルハン・オウス文化広報参事官も発表に同席し、「これからはトルコという名はトルコの国の名だけにしてほしい」と話しています。同協会では来年からソープランドを使用することとし、東京や全国で加盟店以外の店にも新名称使用を呼びかけていきます。


ソープランドの新名称を伝える新聞記事。朝日新聞S59/12/19



各種資料によりますと、サンジャクリさんの訴えより先に、トルコ風呂の名称を変更しようとする動きは業界内の一部で既にあったことがわかります。昭和60年の風営法改正に伴い、イメージ一新を狙ったものでしたが、あくまで一部地域でぼちぼち進められていた程度のものだったようです。そういった状況で、サンジャクリさんの訴えがあったために全国規模で、かつ急ピッチでトルコの使用が自粛されていったのでした。代わりの名称については東京の組合が公募した「ソープランド」が全国に広まっていき、今に至っています。ソープランド。個人的にはいい名前だと思います。


トルコからソープへと名前が変わった翌年の昭和60年、当時の厚生大臣だった渡部さんは、トルコからこんな招待状を受け取ります。「トルコぶろ、あるいはトルコという、正確な知識に基づかないで形成された貴国の、その名が使われるにふさわしくない場所の名称を変更しようとしたあなたの関心を高く評価し、感謝し、友好的関係を一層改善しましょう」。

これを受けて渡部さんは7月下旬にトルコへ行きます。アイドウィン保険相主催の夕食会では「両国友好の最大の功労者の一人」とまで言われ、「トルコ国民は、あなたの名前をいつまでも忘れない」と刻まれた盾をもらって帰国します。最大の功労者は小池さんのような気もしますが、とりあえずトルコの人も懸念事項が消えてよっぽど嬉しかったんでしょう。しかし帰国してからのあいさつで総理を訪ねた渡部さん、中曽根総理から新しい名称を聞かれ「アイソトープ」と答え、中曽根に「ソープランドじゃなかったかね」と返されたそうです。いや、おまえ実際は何もわかってなかったんじゃないのか…。


改称から40年。トルコの看板は一部地域で痕跡がわずかに残っています。




トルコを消した跡が残っています

トルコを消した跡が残っています


参考:
小池式コンセプト・ノート―プロジェクトは「大義と共感」で決まる!
男性の見た昭和性相史PART4
週刊朝日S60/1/4-11
中日新聞S59/9/18、10/6、10/7、10/9、10/14、10/25、10/31
読売新聞S59/9/10、9/18、10/6、10/7、10/20、10/25、10/26、10/31、11/16
朝日新聞S59/8/23、10/6、10/7、12/19、S60/1/25、8/9
毎日新聞S59/9/28、10/13、S60/4/11

作成:2025年8月




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