総理官邸裏のソープランド ~佐藤栄作は本当に激怒したのか!?~


昭和41年、総理官邸のすぐ横にソープランド(当時はトルコ風呂)を造る計画があり、これに当時の総理大臣である佐藤栄作が激怒し、風営法を改正して出店を阻止したとされています。これは真実なのでしょうか。今回はこの事件を検証していきたいと思います。主に以下の4項目について明らかにすべく資料を集め調べてみました。

■総理官邸裏のソープ出店計画が真実であったのかを明らかにする
■ソープ出店予定場所を特定する
■昭和41年風営法改正は、この事件が引き金になったのかを検証する
■本当に佐藤栄作が激怒したのか(≒佐藤栄作が指示したのか)を明らかにする



■総理官邸裏のソープ出店計画が真実であったのかを明らかにする

ネットで検索すると、それなりに出てきます。内容はほとんど同じで、「永田町の首相官邸裏にトルコ風呂の営業申請が出され、当時の佐藤栄作首相が激怒、トルコ風呂の新設が規制されました。」です。

これらの記述は、おそらく戦後性風俗体系(広岡敬一著 2007年)がソースになっているようです。214pに、 「トルコ風呂業者が永田町の首相官邸の近くでの営業を申請。それを知った佐藤栄作首相が大激怒。関係省庁にハッパをかけ、第51回国会に風俗営業等の取締法の一部改正を上程して通過させた。」と書かれています。

ネットにはこれくらいの情報しかないので、当時の新聞、雑誌を当たってみました。 結果、S41年の複数の新聞、雑誌で取り上げられていました。



読売新聞S41/5/20朝刊

出店計画があったのは、これら資料から間違いない事がわかりました。



■ソープ出店予定場所を特定する

次に、場所が何処であったのか、併せて、規模はどのようなものだったのか、どのようなサービス内容を予定していたのか、などを調べることにしました。

「戦後性風俗体系」で広岡敬一は、申請者(オーナー)が誰か判らなかったと書いていますが、私の手元の資料では「福田実」という人物の名前が確認できます。性の王国(佐野真一 1984年)にも「福田実なる人物」と書かれています。

福田実は実業家で、39歳。申請者であり、オーナーでもあります。
OPEN予定日も決まっており、これが8月1日。
屋号は「赤坂トルコ」。地上4階、地下1階建て、面積117.7㎡、延べ面積406.13㎡
ルームは20室。
料金は1時間1500円。
建築許可申請は3/7。5/19に千代田区役所が許可、麹町保健所も許可。
※戦後性風俗体系では 6/14の日付で「許可は却下」と書かれていますが、これはたぶん間違い。私の調べた詳細では、3/7に申請が出されるが、千代田区役所は申請日を4/20に遅らせたうえ、5/4には難癖つけて(窓に格子を付けろ)申請書を再提出させる。そして5/19まで引き延ばして確認通知(許可)。

場所柄、顧客は国会議員を想定していた様子です。

福田さんの母親の話として「政治家相手の高級トルコを考えていたらしい」(性の王国 119p)。

福田さんの話として「ねらいはいうまでもなく国会議員です。近くのヒルトンホテルやニュージャパンの地下のトルコ、あるいは東京温泉などに、議員さんはよく行ってるしネ。議員だけで七百余人、秘書が千六百人。そのほか国会に出入りする人びとを・・・」(週刊サンケイ)

気になるプレイ内容は、昭和41年なので健全プレイじゃないのか? と思えます。 福田さんも、「あの狭い土地です。オープン制にしようにも無理ですよ。個室のほうが有利、そう思っただけです。ムードも大阪的な健全なものにしたいと思っていたんですがね」(週刊サンケイ)だそうです。

しかし、この前年(S40年)に行われた全国一斉取り締まりでは、全国544軒のトルコのうち136軒において売防法その他の違反で摘発、というデータがあります。およそ25%が黒営業です(データ:時の法令1966-11)。グレー営業を合わせたらもっといくかもしれません。

また、5/27衆議院法務委員会の議事録を見ますと「売春」という発言もなされているので、当時の認識としては限りなく黒いプレイが想定されていたと思われます。

一つの例をあげますよ。どういうところに私がそういう問題を感じるかというと、官邸の裏にトルコぶろができる。あれが困るということ、あれももしできたなら総理官邸なんかどこかにお移しになったほうが私はいいと思う。ともかく、売春を国営にしろとかなんとか梶山季之は言っているけれども、官邸のそばにトルコぶろがあって、そこで売春が行なわれる、~中略~ 常識でだれが考えても、総理の官邸と同番地にトルコぶろ——売春ということはもうはっきりわかる。個室が二十あるのですから、わかっている。(第51回国会 衆議院 法務委員会 第39号 昭和41年5/27 社会党・神近市子議員)


建設予定地は、千代田区永田町2丁目1番(総理官邸と同番地)です。1番地と言っても広いです。具体的にどのあたりなのでしょうか。

私の手元にモノクロ写真が2枚あります。1枚は工事前の現場、もう1枚は工事中の現場を写したものです。どちらも官邸が入るアングルで撮られており、総理官邸が丘の上にあるのが写っています。官邸の建物角度から場所を特定してやろう、と思ったのですが、いかんせん60年前の写真ですので現在の様子と比較することが出来ません。案の定、官邸は建て直しされていることがわかりました。ということで、丘の高さ・丘からの距離感で類似しそうな場所をGooglemapで調べてみます。この部分が最もそれに近い感じです。



が、「ここかな?」ぐらいの感じにしかわかりません。もう少し確度を高めたい。 その他には、「細い路地に面している」「麹町の交差点から100m」「総理官邸南側の道路をへだてただけの所」という情報もあります。この情報も加味すると、やはりココしかなさそうです。路地はここにしかありませんから。この路地を隔てた場所はここになります。



当時は左側に一般人の家が建っており、それを潰して建てようとしていたようです。工事前は家屋があり、工事中の写真は更地になっていますので、建築工事は実際に進められていたことが分かります。



■昭和41年風営法改正は、この事件が引き金になったのかを検証する

さて、これが大事な部分です。 なんせ、この41風営法改正により初めてソープランドが法律によって出店規制されることになったのですから。すなわち、ソープランド禁止区域の設定です。いままではソープランドは縛りなしでどこでも出店できましたが、この法律により、以下のように規制されました。

〇トルコぶろ営業は、官公庁施設、学校、図書館及び児童福祉施設並びにその他の施設で善良の風俗を害する行為を防止する必要上、都道府県が条例で定めた施設の周囲二百メートルの区域内では営業を営むことができない。
〇都道府県は、善良の風俗を害する行為を防止するため必要があるときは条例により、地域を定めてトルコぶろ営業を営むことを禁止することができる。
〇トルコぶろ営業に対する場所の規制は、これらの規定の施行、または適用の際、現に公衆浴場法の許可を受けてトルコぶろを営んでいる営業者の営業については適用しない。
〇都道府県公安委員会は、トルコぶろ営業を営む者、またはその代理人、使用人その他の従業者が、トルコぶろ営業に関して売春、わいせつその他の風俗犯罪を犯した場合には、八カ月をこえない範囲内で期間を定めて営業の停止を命ずることができる。

法律を作ったり改正したりするのは国会議員です。 この風営法改正がどういった経緯で発案され、国会で審議されたのか。国会議事録を中心に調べてみました。

まず、施行までの一連の流れですが…。
第51回国会で自由民主党、日本社会党、民主社会党の超党派で改正案が提案されています。

6/14自民党総務会で原案を了承
6/21地方行政委員会で可決
6/23衆議院で可決
6/27参議院で可決
7/1施行
と、このようになっております。

これら調べを進めていくうちにわかったのですが、第51回国会で突如としてトルコ風呂を規制する話が出てきたわけではありませんでした。今回の法案提出を遡ること数年、トルコ風呂は「いかがわしいサービスを行っている」として規制すべきだという認識が世の中にぼちぼち出始めていたようです。

第46回国会(S39年)、51回国会(S41年)でも、トルコ風呂を取り締まるべきであると風営法改正案が審議されています。

そういった世論や、トルコ反対議員による法改正要望を受けて、衆議院地方行政委員会にも「風俗営業等の調査に関する小委員会」が設けられ、警察庁および厚生省等の関係当局者を招き調査会や懇談会を開いたり、店舗視察をしたり、参考人を招致しての意見聴取などを2年ほどかけて行っていました。

「風紀上、議論のマトになっているトルコブロ、ヌードスタジオなどの法規制について、厚生省は23日の衆院地方行政委員会風俗営業調査小委員会(亀田孝一委員長)で取り締まり強化の法改正をはじめて明らかにし、今国会で成立を図ることになった。」(毎日新聞)とありますので、形だけではなくかなり前向きにトルコ風呂の法規制にむけて動いています。

S41年5/24の報告では、具体的に規制内容についても報告がなされています。トルコ風呂の規制は公衆浴場法の改正によって行うべきものとし、内容は以下のようになっていました。

〇トルコ風呂営業者または従業者が、トルコ風呂営業に関して、売春、わいせつその他の風俗犯罪を犯した場合には、営業の許可の取消し、もしくは営業の停止処分ができるようにすること。
〇これとの関連において、当然に、風俗犯罪を犯して営業の許可を取り消された者や、風俗犯罪を犯して刑に処せられた者に対しては、一定の期間、公衆浴場の許可を与えないようにすること。
〇風俗環境の浄化ならびに地域環境保持の観点から学校の周辺その他、教育環境上、および善良の風俗保持上必要な場所におきましては、トルコ風呂営業を営むことを制限することができるようにすること

官邸裏のトルコ計画の申請はS41年3/7ですから、それ以前にすでにトルコ風呂を規制するための調査や審議が国会でなされ、しかもS41年(第51回国会)での成立を目指していたことがわかります。ということは、官邸裏トルコは風営法改正と直接関係なかったのでしょうか?? 

どうも、5月下旬あたり、千代田区役所が難色を示したものの官邸裏トルコを許可せざるを得なくなり、読売や朝日新聞でも報道され、徐々にトルコ風呂が現実味を帯びてくる頃から事態が急展開した様子です。

5/26の参議院法務委員会では、官邸裏のトルコ風呂を指して質疑があり、法規制は現状では出来ないという答弁があります。

「トルコ風呂が公衆浴場法でも取り締れず、風営法にも規制されないのはおかしい。風営法でトルコ風呂の取り締まりを強化する考えはないのか?」(市川房枝議員・要約)

→「場所がら好ましい事ではないが、現行法では規制できない。自主的に建設を思いとどまるか、出来ても営業方法を自粛してくれるよう関係機関を通じて折衝中」(安井総理府長官・要約)

→「現行法ではトルコ風呂の違反行為はミストルコ個々の責任で業者に責任は及ばないが、いま厚生省での浴場法の改正案では、違反のあった場合業者にも営業停止などの行政処置をとるほか、学校近くにトルコ風呂をつくる場合にも旅館と同様に教育委員会の意見を尊重するようにしたい」(柳瀬厚生省環境衛生課長・要約)

→「トルコぶろを風俗営業とみなし、風営法で取り締ることは、法律上問題がある。例えば同法の運用をうけるところは警官の立入り検査が出来るが、トルコ風呂の場合、個室への立入り検査を認めることになり、人権上の問題が残るなど、いますぐ実施するのはむずかしい」(今竹警察庁保安局長・要約)

朝日や読売は、この質疑応答を当日の夕刊でもって「法律上どうしようもない」「浴場法の改正待ち」、みたいな記事で掲載しています。



読売新聞S41/5/26夕刊

で、これが6月に入ってどうなったかというと。 3党合意で改正法案が提出され、音速で可決されるわけです。 新聞各紙も、6月以降は一転して「トルコブロ締め出し法案成立」などの見出しで記事にしています。



朝日新聞S41/6/15朝刊

従来、公衆浴場法によって規制すべきとして調査報告、答弁していたものが、なぜか風俗営業等取締法(風営法)の改正に変わり、内容も変わっているのです。1カ月足らずの間で。成立から施行に至ってはたったの4日後です。

なぜ浴場法から風営法に変えたのか、なぜこんなに早く可決、施行したのか。議事録に答えらしきものが見られます。

第51回国会 参議院 地方行政委員会 第32号 昭和41年6月27日

○原田立君 ただいま委員長の報告によると、トルコぶろは公衆浴場法で取り締まるというようなお話が前にありましたのですが、今回のは風俗営業法で取り締まると、こういうふうに変わってきているのはどういう点ですか

○衆議院議員(亀山孝一君) 先ほども申し上げましたように、早くやりたいのですね。早く制限をしたい。それを先ほど申し上げたように、公衆浴場法の改正、あるいは興行場法の改正あるいは建築基準法の改正、そうやったんじゃ間に合わぬと思いまして、とにかく一歩前進という意味で、あえて風俗営業でやりましたゆえんでございます。

○松澤兼人君 これも首相官邸のそばだということがある。私、参議院会館の窓からのぞくと、大きなたれビラが、屋上から下にたれているようなたれビラが下がっている。私は目が悪いからよくわからないけれども、秘書に読んでもらったら、サウナ・バス、それから何とか八月一日オープンと書いてある。内容は知らない。オープンになったら私も行ってみようと思っているのだけれども。それで、あなたのほうの権限に属することなんでしょう。それを実態を知っていらっしゃらない。トルコぶろではないでしょう——だということは私申しませんけれども、しかし、一方では官邸の周辺にそういうものをこしらえてはいけないということを衆議院の皆さんがたいへん御心配になって、それで法律の改正やっているということはあなた方も御存じなんでしょう。


官邸裏のトルコを阻止するために急いでいるというのが読み取れますね。

こちらは当時の雑誌からですが、以下のようにあります。

衆議院地方行政委員会の崎川謙三主任調査員が、「官公庁と入れたのは、具体的にはあのトルコ風呂のことですよ」と公言している。(週刊サンケイ)

「前例のないことではないが、ふつうは周知徹底させる期間が必要なので、公布から施行までもっと日にちをおくんですが」(衆院法制局・川口頼義部長)(週刊サンケイ)

亀山議員は、「たしかに一生懸命考えましたよ。今国会をのばすことはできないという絶対的条件があったんだから・・・。はじめは公衆浴場の改正でやろうと思ったけど、いろいろめんどうくさいことがあってまにあいそうもない。都条例で禁止するには、都議会が9月まで開かれないのでこれもダメ。結局、いちばんてっとり早いのが風俗営業法だったんです。興行場法の対象であるストリップ、食品衛生法で取り締まるべき深夜喫茶を風俗営業法でやった前例があるので、それにならいました」(週刊サンケイ)

「28日公布、即日施行ということにしたかったくらいだよ」(亀山氏)(週刊サンケイ)

「官邸のそばにトルコができるのを防ぐには、なんとしてもこの国会で法案を通さなければいかんのだ、いわれると弱くて」(市川房枝さん)ということで妥協。(週刊サンケイ) ※注)市川さんはトルコ全面禁止派。今回の改正は生ぬるいけれど、とりあえず妥協したということ。市川議員は参議院で修正案を出しています。以下、議事録より抜粋。

○市川房枝君 私は、本案に対して一歩前進ということは認めますけれども、しかし、先ほど質問でも申し上げましたように、不満な点が幾つかございます。私どもは、このトルコの問題は、藤原さんもおっしゃいましたように、赤線の復活と、こういう観点で見ておりまして、そうして個室で女をサービスさせるといういわゆるトルコぶろというものは禁止をすべきである。~中略~そこで、私は修正の案を実は出したいと思うのであります。~中略~「の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業」を「でその施設として個室を設けてするもの」に改める。  つまり、個室ということだけで許可の対象にするということでよくはないか。とすれば、学校の付近なんかで申請をしました場合に、その建築の様式が個室であれば、当然、それはいわゆるトルコの営業をするものと認めて、そうしてこれを禁止することができる、はっきりできる、そう考えますので、この修正案を出したいと思います。

→修正案は賛成少数で否決され、原案は賛成多数で可決されます。

トルコ反対派は、個室付きのトルコ風呂は全て排除したいとしたが、今回の改正はそこまで踏み込んだものではなく、想定エロ行為(役務)があった場合の規制になったことが伺えます。


ということで、 官邸裏にソープランドが造られようとした。出店阻止のために法律改正を急いだ。一番手っ取り早いのが風営法改正だった。まずは一歩前進の改正で良しとした。そうして41風営法改正となり、ソープランドの禁止区域が初めて設定された。官公庁という文言も入った。これは間違いないようです。

したがって、「昭和41年風営法改正は、官邸裏のトルコ計画が引き金になった」、というのは概ね正しいと言えそうですね。



■本当に佐藤栄作が激怒したのか(≒佐藤栄作が指示したのか)を明らかにする

個人的にはこれが一番気になっていた部分だったりします(笑
調べを進めるうちに当時の新聞や雑誌の小ネタ欄とかで出てくるかと思ったのですが1つも出てきませんでした。怒ったかどうかは別として、総理が指示したとの報道も見当たりません。国会議事録を見ても誰も総理云々の発言はしていません。

書籍の方はどうでしょうか。

トルコ生態学(1981年)
性の王国(1984年)
性の国家管理(2002年)
風俗営業取り締まり(2002年)
日本風俗業大全(2003年)
昭和平成ニッポン性風俗史(2007年)

これらの本には、「佐藤首相はこれに激怒」「首相佐藤栄作を激怒させる」などと簡潔に書かれています。いずれも典拠は示されていません。

広岡敬一は、トルコロジー(1978年)ではこのように書いています。
「この法案は、その年の6月、国会に近い首相官邸のすぐ裏にトルコ風呂の新設の申請が出され、当時の佐藤首相が激怒したことが契機とされているが~」

月刊ミューザー2号(1981年)ではこのように書いています。
「しかも、そうなった原因というのが、当時の首相、佐藤栄作さんを激怒させたから、と伝えられている。こともあろうに永田町の首相官邸のうらに、トルコ風呂の営業申請をした人物がいる。このあたりは、両院議員の宿舎があったりて、議員先生たちを目当てだったかどうか、それはわからないままだが、とにかくそれを聞いた栄作さんが怒ったのである。「トルコ風呂ごときを何事であるか」というものだったらしい。もしこのとき、彼がニヤニヤと笑うだけで聞き流すくらいだったら、お望みの「栄ちゃんと呼ばれたい」は達成したかもしれないのだが、とにかく、政府機関は、栄作さんの怒りを、トルコ風呂規制の方向に持っていくことにした。~略~ 「とんでもない申請をしやがって――」アタマにきたようだがもう遅い。」

ネットや書籍では「佐藤首相が激怒し~」という冠が必ずついていますが、激怒したと最初に書いたのは広岡敬一だと思います。広岡は、総理が激怒したと誰々に聞いた、誰々が言った、とは書いていません。たぶんここは憶測なんじゃないかなーと思います。そしてそれが後世に語り継がれている、いわゆる「広岡効果」だと思います。 【※広岡効果=ソープランド関連について、広岡敬一が言った(書いた)ことが定説になってしまう現象。】 広岡は佐藤栄作がハッパをかけたとも書いていますが、 超党派で法律改正を尋常ではないスピードで行っていますから、佐藤総理が指示するまでもなく、議員の多くが「これはマズい」「舐められてる」「阻止せねば」という共通認識を持ったのではないでしょうか。例えば、議事録には以下のようにあります。

第51回国会 衆議院 法務委員会 第39号 昭和41年5月27日

○横山委員 関連。回りくどい話をするよりも、神近さんの言う総理大臣官邸のそばのトルコぶろはどうなったのですか。起工はしたのですか、せぬのですか、おわかりだったらお答えを願いたい。

○山本(利)政府委員 許可とか不許可という問題は、やはり法律に沿うたことでございますから、私がここで、これは絶対に許可できないとか私個人としては許可すべきでないということは考えますけれども、法律的に許可を阻止することができるものかどうかということは、さらに私どもは検討もしますし、でき得る限りこういうものは許可しないように努力してみたい、かように考えます。それ以上のことはいま申し上げられません。

○横山委員 ~略~ 法律以前の問題として、法律はそうであるけれども、行政運用として総理大臣の官邸のそばにトルコぶろができるなんということは、国民の常識が許さぬから、許可しないように、やり方は幾らでもあるはずです。本人が辞退する方法は幾らでもあるはずだ。それをやりなさいと言っている。だから、結果として許可をしないようにしなさい、こう言っているのですよ。お答えを願いたい。


「法律とか眠たいこと言ってんじゃねえよ、事業者に圧力かけて辞退させるよう仕向けたらいいだろ。結果ありきでいいだろうよ」とも取れる発言ですが、こういった心情が議員の皆さんにはあったんじゃなかろうかと思います。

あるいは。
佐藤総理は同年の9月、根岸小学校を視察で訪れた際に、学校の近くにトルコ風呂があるのを見て、なんとかしろと指示しています。(朝日新聞・毎日新聞)
これが「官邸裏トルコをなんとかしろ」にすり替わって(混同されて)伝わったのかもしれません。



朝日新聞S41/9/17夕刊

学校の近くにあるトルコはなんともならず結局そのままです。佐藤総理の指示で、官房副長官が文教地区にある既存のトルコも規制方法を検討しますが、憲法との兼ね合いでむつかしかった(法制局見解)みたいです。昭和41年以前に営業していたソープランドには今でも場所にかかわらず既得権営業が認められています。


官邸裏ソープ計画は事実でしたが、 栄作が激怒したかどうか。私は広岡効果だと考えますが、真相はちょっと謎ですね。皆さんはどう思いますか?


参考:
朝日新聞S40/12/3、S41/5/26、6/15、6/21、6/24、6/28、6/24、9/17
読売新聞S41/5/20、5/26
毎日新聞S41/2/23、6/15、6/21、9/14、9/18
週刊サンケイ1966/7/25
時の法令1966-11
国会議事録
戦後性風俗体系
トルコロジー
月刊ミューザー2号
性の王国
https://kokontouzai.jp/archives/3724


作成:令和7年12月




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