雄琴ソープ街、別名チロリン村。 昭和46年、滋賀県の琵琶湖畔にソープランド(当時はトルコ風呂)が作られました。 何もなかったド田舎に田守世四郎という人物が「花影」をオープンさせ、その後数年で一大ソープ地帯に発展したというエピソードはあまりにも有名です。 空から雄琴ソープ街が発展していく様子を見ていきましょう。


■昭和43年

花影オープンの3年前。ソープ街一帯が田んぼしかないというのがよくわかります。


国土地理院の航空写真をもとに作成

上の写真に目印を入れてみましょう。ピンク色は現在の道とゲートです。


国土地理院の航空写真をもとに作成


■昭和47年5月

花影オープンから1年3か月後。


国土地理院の航空写真をもとに作成

花影が見えます。その右下にある建物は京都御殿(現:絵里奈)。さらに右の方に広い駐車場とともにある建物が聚楽(現:プルプルネクステージ)。 その間の土地も更地になっている感じですが、ここが千成(現:うさぎ)の出来るところです。 真ん中少し上くらいにポツンとあるのが鎌倉御殿。その上がスチームバスセンターだと思います。 鎌倉御殿の右の方に見えるのは、 平安(現ゴールドクイン)、六本木、赤坂(現:とけい台)、吾妻(現アマンクロス)です。 現在ビビ・ラブコレクションがある一角も工事中のようです。

トルコの建物に色を付けて広域で見てみます。温泉街を挟んだ北の方には東京と白雪も出来ています。


国土地理院の航空写真をもとに作成

現在の雄琴の2つのゲートから伸びるU字型の道路は、これらの写真を見ると農道の名残であることがわかります。また、今日の雄琴の各店舗のランダムな建ち並び方やヘンテコな敷地の形は、トルコ建設時に事業者が地主から土地を購入し、その田んぼの境界線に沿って敷地が出来たからだと理解できます。

花影も、京都方面からやってくる車から目立つような斜めの角度で建てられたのかと思っていましたが、単純に建設時の田んぼの境界線が斜めになっていたからのようです。


■昭和50年

一気に店が増えています。賑やかになりました。


国土地理院の航空写真をもとに作成


■昭和57年

右側(琵琶湖側)にも店が進出していってます。ソープ街が最大規模になりました。


国土地理院の航空写真をもとに作成


■令和2年

川筋通りの突き当りにあった「別世界」と、鎌倉御殿の北側にあった「秘苑」が無くなって、少しだけ規模縮小しました。


国土地理院の航空写真をもとに作成

温泉街を挟んだ飛び地にあった「東京」「白雪」「羽衣」の3店舗もだいぶ前に閉店しました。「東京」だけ建物が残っていましたが、令和2年に取り壊されました。滋賀県は昭和59年に全県が禁止区域になりましたので、今後ソープ街が拡大する可能性は0%です。

しかし令和時代になってもまだ畑が残っているのが凄いです。ソープ街の中に右上がりに伸びている道のようなものが畑部分です。今でも作物が育てられています。マリーナを挟んだ南側も田んぼがたくさん残っています。令和5年頃から田んぼを潰して工事をしていますが、何が出来るのでしょうか。


■平成30年に空撮を行いました。 映像の一部をアップしていますので、是非ご覧ください。





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以下に、昔の雄琴ソープ街の様子がよくわかる作品をご紹介します。

ちろりん村顛末記
雄琴ソープ街の成り立ちがよくわかります。おもしろい。 以前は古本しかなかったのですが、復刊して買いやすくなりました。

性の王国
雄琴ソープについて書かれているのは第2章だけですが。これも面白い。

幻の湖
トンデモ映画として有名な作品ですが。ストーリーはともかく、昔の雄琴の様子が映像で見られます。

トルコ行進曲 夢の城
雄琴ソープを舞台にしたストーリー。昔の雄琴の様子が映像で見られます。

トルコ渡り鳥
昔の雄琴の様子が映像で見られます。

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作成:令和7年7月



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