記念碑 トルコハワイ
山形県にはソープランドがありませんが、過去には1軒だけありました。ハワイという店です。リフレッシャー的には1軒だけあった店というのと、建物がまだ残っていることで知られています。
しかしこの店は、風俗ではなくもう一つのジャンルで有名です。「行政権の濫用」で検索したら真っ先に出てくると思います。
法律マニア(?)が日本にどれだけいるのかは詳しく知りませんが、法学に携わる人としては、このトルコハワイ跡と、宇奈月温泉が聖地となっているようです(宇奈月温泉は町を挙げて法学聖地としてプッシュしている感すらある)。
なぜ有名なのか。いったい何があったのか。
話はハワイが完成して営業を開始した昭和43年まで遡ります。事業者がソープ(当時はトルコ風呂)を造って営業を始めようとしたところ、後出しで近くに児童公園を造られたため、風営法違反になったという事件なのです。
ハワイは行政処分を受けて営業停止となりますが、事業者は山形県を相手に争います。
一審では山形県が勝ち、控訴審で事業者側が逆転し、最高裁もそれを支持して事業者側が勝利しました。行政権の濫用という事例と併せて、ソープランドが勝ってしまった裁判としても有名なのかもしれません。
詳細はどういう事件だったのか。ここに詳しく書こうと思ったのですが、ネット上にいいものを見つけました。
【判例聖地巡礼】余目町トルコハワイ事件
こちらのnote、大変わかりやすく的確にまとめられています。読みやすいのでこれを読んでもらったら理解が進むと思います。
読んだ?
わたくし的には上記のnoteと併せて判決文・解説本を読んで、以下のような感想を持ちました。
余目町が手のひらを返して調査検討もせず公園の認可申請をしたのと、それを爆速で認可した一方で、違法営業になってしまうのに浴場許可をも出す山形県。(この山形県と余目町の共同行為の違法性云々はいったん置いておくとしても)全体の整合性をみて、統括する立場にある山形県は事前に違法営業になるから事業者に諦めるよう指導するのが筋ではなかったのかという気がします。許認可は不備が無ければ通すというお役所仕事になるのは仕方が無いとしてもお役所仕事が過ぎないかと。
でも実際にトルコ営業は諦めなさい、普通の浴場営業にしなさいという念書(確認書)を出させているので、事業者を騙し討ちにしたというわけでもないわけです。いっぽう事業者側としては他のエリアでは風営法違反で商売続けている箱もあった時代なので(今でもあるけど)、いけるやろと思ったんかもしれないですね。そもそも一番最初に所轄機関に確認した時点では「問題なし」だったわけだし、もう工事始まってるし、いまさら辞められるかって話ではあるよね。
それで商売ダメにされた挙句に犯罪者にされるのは、まあ理不尽かもしれない。でも極論言えばソープってそういう商売だしな。当時は今と倫理観や摘発基準は多少違ったかもしれないけど。
県側に有利なポイントが、次の2点。
■トルコ営業はしないという営業内容説明書まで書かせているのだが、事業者側はそれを無視してトルコ営業を開始した。
■公園の申請と浴場の申請は、公園の申請の方が早かった。(あくまで「書類申請」が早かっただけで、造ろうという話自体は公園よりソープの方が早い)
これは裁判でどう判断されたのか。
地裁では、山形県の手続きは違法といえる余地はあるんだけど、でも申請の順番が浴場より公園の方が早かったし、申請用件が揃っていたら知事はこれに従って認可すべき立場にあるから手続法的に違法ではないねという、いまいち整合性の取れていないロジックで県側に軍配を上げています。
ところが高裁ではこれらを、
「トルコ風呂は好ましくない施設であるとの見地から行政指導の一環として説明書を徴したに過ぎないものであり、(略)営業内容説明書の提出により本件認可処分の違法性が阻却される筋合いはない」
「本件の場合、公園認可申請の日が公衆浴場申請の日以前であったことによって消長をきたすものではない」
と切り捨てています。しかのみならず、
「トルコ風呂営業を阻止するという共通の目的をもって、間接的な手段を用いて右営業をなしえない状態を作り出すべく、本件児童遊園の児童福祉施設への昇格という方法を案出した。そして余目町としては早急にこれを児童福祉施設とすべき具体的必要性は全くなかったのに、山形県は余目町に対し積極的に指導、働きかけを行い、余目町当局もこれに呼応して本件認可申請に及んだものであり、結局山形県知事は余目町当局と意志相通じて、控訴会社の計画していたトルコ風呂営業を阻止、禁止すべく、本件児童遊園を児童福祉施設として認可したものというべきである。」
「山形県知事のなした本件認可処分は、控訴会社が現行法上適法になし得るトルコ風呂営業を阻止、禁止することを直接の動機、主たる目的としてなされたものであることは明らかであり、(略)法の下における平等の理念に反するばかりでなく、憲法の保障する営業の自由を含む職業選択の自由ないしは私有財産権を侵害するものであって、行政権の著しい濫用と評価しなければならない。」
と、非常に歯切れのいい、100対0みたいな判決。個々の許認可の合法違法は殆ど述べられておらず、浴場が違法になる状況を行政が「違法」につくったことが問題だとされたのです。なるほどなあ。だから濫用なのかと納得。
判決文はWebで見られますし、解説した書籍も多数ありますので、興味のある人は調べてもらったらいいと思います。
当時の新聞にもけっこう大きく載っています。

毎日新聞 S53年5/26夕刊
ひどいのが翌日の読売新聞。

読売新聞 S53年5/27朝刊
「出来ることならない方がいいに決まっている」「警察の取り締まりや住民運動で閉店には追い込めないものなのか」「この判決は“正義”は必ず勝つのではないことを教えた」と続報で書くのはどうなんでしょうか。
ソープは悪であるという前提にたち(もう洗脳ともいえる)、かといって最高裁判決に反論は出来ないので、いわゆるお気持ち表明をしています。署名記事にはなっていますけど。
刑事事件の方は、一審では有罪、二審では有罪、そして最高裁では、
「個室付浴場業の規制を主たる動機、目的とする知事の本件児童遊園設置認可処分は、行政権の濫用に相当する違法性があり、個室付浴場業を規制しうる効力を有しない。」として無罪になっています。
こちらも記事になっています

毎日新聞 S53年6/16夕刊
ということで一連の騒動もすべて決着したかにみえたのですが・・。
この山形トルコハワイ事件、あまり知られていない続きがありました。事業者が「1日40人いた客が5~6人に減った。県の嫌がらせが原因だ」として賠償請求を起こしたのです。
新聞5大紙には該当する記事は無かったのですが、裁判記録は探せばありました。(東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7180号)
1審、2審は事業者側が勝っています。2億1500万円の請求に対して、賠償金額は運営会社と経営者個人で合わせて2200万円ですので大勝利ではないかもしれませんが。上告審は高裁差戻になっており、そっから進んでないのかな。これがどうなったか記録が見当たらないので現時点ではわからない状況です。
この時点ですでに平成3年になっていますので、もしかしたら商売を辞められたのかもしれません。開業から23年経ってますからねえ。
それでも行政訴訟も刑事事件も損害請求も3つの裁判を争っていますから、凄いですよね。
荒木山形県副知事が「トルコが1軒しかない山形で、何でこんなにトルコ騒動が続くのか」とか漫画みたいなコメントしたようですが、このあたりの山形県側の詳細な動きなどを知りたいものです。たぶん山形新聞あたりに載ってそうだけど、ちょっとそこまで調べるのは時間がかかりそうなので、
今後時間があればやりたいなあと思っています。
この一連のトルコハワイ事件、裁判資料ではなく、警察資料の方面から見ていくと、また違った情報が得られたり、文言も平易でわかりやすいです。
こちらの資料では、何ら問題のないところに嫌がらせで公園を造られたというより、最初からそれなりに地域に反対されて警告・指導もされているが、網の目をかいくぐってソープを開業したという印象を受けます(資料作成者が当事者だから主観が入っているでしょうが)。山形県・余目町・警察・婦人団体が結託して公園を造るという嫌がらせをしているのは事実ですが、主に警察が最初の段階から「やめとけ」と再三警告しているのがわかります。
しかし事業者も「私はこの仕事に一生をかけているのでやめることはできない」と応じなかったのです。(熱いな)
公園が後出しとはいえ、事業者側もソープではなく菓子工場を造ると言って土地を買ったみたいですし、健全営業をするといいつつトルコ営業をしたわけですし、警察としては絶対潰してやるという意気込みだったかもしれません。経営者だけではなくソープ嬢も逮捕拘留されており、警察の本気加減が伝わってきます(摘発は2回行われている)。捜査方法も入浴客の尾行をして自宅や勤務先を訪ねて調書を取ったりして(!)、明らかに営業妨害・嫌がらせが目的ともいえるやらしい作戦を展開しています。
と同時に経営者のTさんのソープへの熱い思いには心揺さぶられますね。当時32歳ですよ。わたしは風俗に人生を賭けていましたから、1㎜くらいはわかりますよ。ええ。
令和4年に現地を訪問しました。大阪から車で行ったのですが、めちゃくちゃ遠かったです。しかしリフレッシャー的には絶対に行っておきたいところでした。建物もいつまであるかわかりませんから。
場所はここです。住所は山形県東田川郡庄内町常万東大乗向18。

まわりは田んぼが広がっており、あたりに人は見当たらず静まり返っておりました。

これがトルコハワイ跡です。すごく綺麗な状態で残っています。
営業していた時は前面に縦型の看板が立っており、トルコハワイと書かれていました。映画「トルコ渡り鳥」で一瞬だけ映ります。→札幌・横浜・雄琴・博多 トルコ渡り鳥 →DVD

店前の道路
サービス内容ですが、本番はしておらずダブルスペシャル(相互手淫)どまりだったことが資料からわかります。摘発後はスペシャル(手淫)すらも自粛していたそうです。
入浴料がオープン当初が1000円、段階的に上げて行って、平成時代は10000円くらいまであげたみたいです。10000円という金額、時代的にも最後年は本番していたようにも思えますが、どうなんでしょうか。実際に入浴した人がいたら教えてもらいたいですね。でも係争中に本番営業なんかしないよね。常識で考えたら。
いつまで営業していたのかはわかりません。ミューザーの店舗一覧では平成4年くらいまでは追えるのですが、最終的な閉業時期はソープPJで今後明らかにしていきたいところです。ハワイが閉業して、山形県はソープなし県になってしまいました。いまでは全県が禁止区域になっています。
というかハワイが出来た(浴場許可書交付)3日後には余目町が禁止区域になっているので、滑り込みセーフだったわけです。このままでは計画がポシャると悟り、「健全営業をしますので」と言って改正条例施行の直前で浴場許可をもらったのは経営者Tさんのギリギリの立ち回りだったのでしょう。
※もともと余目町は条例改正して禁止区域になる予定だった。その前にTさんが目を付けて開業した。阻止するために公園が造られた。

これが問題の公園です。この公園もきっちり残っているところが胸熱です。遊具は当時の物ではなく更新されています。
この訪問の3年前ですが、酒田市内の歌麿とロンドンを見に行ったとき、案内してもらった年配のタクシー運転手が「むかしはハワイとかあった」と言っていました。私はハワイグループのピンサロのことだと思ってスルーしたんですけど、もしかしたらトルコハワイのことだったのかもしれない。
「またああいう店を造ってくださいよ」としみじみ言われたんですが、いまから思うと意味深ですね。電車の時間に余裕があれば色々聞けたんですがね。
参考:
行政判例百選 第8版
判例タイムズ651
時の法令794、893、912
山形県警察史 第3巻
毎日新聞S53/5/26、6/16、8/25
朝日新聞S53/5/26、6/16
読売新聞S53/5/26、5/27
Westlow Japan
大判例
https://note.com/karasu514/n/n2b7e45218e37
作成:令和8年5月
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